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トラウマとPTSDの違いとは?症状・関係性を分かりやすく解説

トラウマとPTSDの違いを解説します。
心の傷つきや辛い体験は「トラウマ」という言葉で広く語られますが、その中でも特定の症状が続き、日常生活に支障をきたす状態は「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と呼ばれる精神疾患として区別されます。
この二つの言葉は混同されがちですが、概念や医学的な分類が異なります。
この記事では、それぞれの定義、主な症状、診断基準、そして決定的な違いを分かりやすく解説します。
ご自身の状況を理解するためや、専門家への相談を検討する際の参考にしてください。

目次

まず知っておきたい「トラウマ」とは

トラウマの定義:心の傷とは何か

「トラウマ(Trauma)」という言葉は、もともとギリシャ語で「傷」を意味する言葉に由来します。心理学の分野では、強い精神的な衝撃や苦痛を伴う出来事によって心に深く刻まれた傷を指すことが多いです。特定の出来事そのものを指すこともありますが、より一般的には、その出来事が個人の心に与えた影響や、それによって引き起こされる心理的な苦痛や困難な状態全般を指します。

トラウマは、単なる嫌な経験や悲しい出来事とは異なります。それは、生命や身体の安全が脅かされるような極限的な状況、あるいは自己の存在価値や尊厳が著しく傷つけられるような体験から生じることが多く、その影響は長期にわたって心身に残ります。

例えば、大事故に遭遇した、災害で被災した、暴力を受けた、大切な人を突然失った、虐待を受けた、いじめが長期間続いた、といった出来事がトラウマの原因となり得ます。これらの出来事を経験した人の心には、恐怖、無力感、孤立感、罪悪感など、様々な感情が複雑に絡み合った「心の傷」が残ることがあります。この心の傷が、その後の考え方、感情、行動パターンに影響を与え、様々な心理的な困難を引き起こす可能性があります。

トラウマは診断名ではありません。これはあくまで、過去のつらい経験が現在の心理状態に影響を与えている状態や概念を説明する言葉です。多くの人がトラウマ体験から自然に回復しますが、中にはその傷が癒えず、様々な症状に苦しみ続ける人もいます。

トラウマの原因となる出来事の種類

トラウマの原因となる出来事は多岐にわたります。大きく分けて、単一性トラウマ複雑性トラウマの二つに分類されることがあります。

単一性トラウマは、生命の危険に関わるような一度きりの出来事によって引き起こされるトラウマです。具体的には、以下のようなものが含まれます。

自然災害: 地震、津波、洪水、台風などによる被災
事故: 重大な交通事故、火災、航空機事故、産業事故など
犯罪: 暴行、強盗、誘拐、テロ事件の被害や目撃
突発的な暴力: 一度きりの性的暴行や身体的暴行
突然の死別: 大切な人との予期せぬ、衝撃的な死別
生命を脅かす病気や怪我: 重篤な病気や怪我、手術などの医療体験

これらの出来事は、突発的で予測不可能であり、強い恐怖や無力感を伴います。

一方、複雑性トラウマは、長期間にわたって繰り返し経験される、あるいは継続的に晒されるようなトラウマ体験です。特に、対人関係の中で生じることが多く、被害者がそこから逃れることが困難な状況で起こりやすいのが特徴です。複雑性トラウマの原因となる出来事には、以下のようなものがあります。

児童虐待: 身体的虐待、性的虐待、精神的虐待、ネグレクト(養育放棄)
家庭内暴力(DV): 配偶者やパートナーからの身体的・精神的・性的暴力
長期間のいじめ: 学校や職場での継続的な嫌がらせや暴力
人身取引や監禁: 長期間にわたる拘束や搾取
戦争や紛争: 継続的な暴力や生命の危険に晒される体験
カルトや組織内での搾取や支配: 特定の集団内での精神的・身体的な拘束や搾取

複雑性トラウマは、被害者の人格形成や対人関係のあり方に深刻な影響を与えることが多く、自己肯定感の低下、感情の調整困難、解離症状など、多様で複雑な症状を引き起こしやすい傾向があります。

これらの出来事のいずれもが、個人の心に深い傷を残し、その後の人生に影響を与える可能性があります。トラウマ体験は、その出来事自体の性質だけでなく、体験した人の年齢、性格、それまでの経験、そして周囲のサポート体制など、様々な要因によって影響の程度が異なります。

「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」とは?

PTSDの正式名称と診断基準

PTSDは「Post-Traumatic Stress Disorder」の略で、日本語では「心的外傷後ストレス障害」と訳されます。これは、先に述べたような特定の「心的外傷(トラウマ)体験」に晒された後に発症する可能性のある精神疾患です。

PTSDの診断は、世界的に広く使用されている診断基準に基づいています。主に、アメリカ精神医学会が発行する『精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)』の最新版(現在はDSM-5-TR)が用いられます。このマニュアルには、PTSDと診断されるための具体的な基準が示されており、専門家(精神科医や臨床心理士など)がこの基準に照らして慎重に診断を行います。

DSM-5-TRにおけるPTSDの診断基準の主な要素は以下の通りです(簡略化しています)。

1. 基準A:心的外傷的出来事への曝露: 実際にまたは危うく死ぬ、深刻な傷害を負う、性暴力を受けるといった、心的外傷的出来事を直接体験する、目撃する、近親者に起こったことを知る、あるいは心的外傷的出来事の嫌悪感を抱く側面に繰り返しまたは極度に曝露される。
2. 基準B:侵入症状: 心的外傷的出来事に関連する、以下のような侵入症状のうち1つ(またはそれ以上)が存在する。

  • 反復的、不随意的、侵入的な苦痛を伴う追体験(フラッシュバックなど)
  • 心的外傷的出来事の苦痛を伴う夢
  • 解離反応(フラッシュバック)として、あたかも心的外傷的出来事が再び起こっているかのように感じる、または行動する
  • 心的外傷的出来事に関連する内的または外的な手掛かりに曝露された際の強い心理的苦痛
  • 心的外傷的出来事に関連する内的または外的な手掛かりに曝露された際の著しい生理的反応

3. 基準C:回避: 心的外傷的出来事に関連する刺激の持続的な回避のうち、以下のうち1つ(またはそれ以上)が存在する。

  • 心的外傷的出来事に関連する苦痛な記憶、思考、感情についての回避
  • 心的外傷的出来事に関連する苦痛な外界の手掛かり(人、場所、会話、活動、事物、状況)についての回避

4. 基準D:認知と気分に関する陰性の変化: 心的外傷的出来事に関連する認知と気分に関する陰性の変化のうち、以下のうち2つ(またはそれ以上)が存在し、心的外傷的出来事の後に始まりまたは悪化した。

  • 心的外傷的出来事の重要な側面を思い出せない(解離性健忘を除く)
  • 自分自身、他者、または世界について持続的で歪んだ否定的な信念または期待
  • 心的外傷的出来事の原因または結果について、自分自身または他者を責める持続的で歪んだ認知
  • 恐怖、恐れ、怒り、罪悪感、恥などの持続的な陰性の感情状態
  • 重要な活動への関心または参加の著しい減退
  • 他者からの遊離または疎外感
  • 肯定的な感情を持続的に経験できない

5. 基準E:覚醒度と反応性に関する著しい変化: 心的外傷的出来事に関連する覚醒度と反応性に関する著しい変化のうち、以下のうち2つ(またはそれ以上)が存在し、心的外傷的出来事の後に始まりまたは悪化した。

  • いらいらした行動および怒りの爆発
  • 無謀なまたは自己破壊的な行動
  • 過度の警戒心
  • 驚愕反応の亢進
  • 集中困難
  • 睡眠障害

6. 基準F:持続期間: 基準B、C、Eに示された症状の持続期間が1ヶ月を越える。
7. 基準G:臨床的に意味のある苦痛または機能障害: その障害は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
8. 基準H:他の医学的状態や物質によるものではない: その障害は、物質(例:薬物乱用、投薬)または他の医学的状態によるものではない。

これらの基準を満たす場合に、PTSDと診断されます。診断には専門家の判断が不可欠であり、自己診断は避けるべきです。

PTSDの代表的な症状

PTSDの症状は多岐にわたりますが、主に以下の4つのカテゴリーに分類されます。診断基準の項目B、C、D、Eに該当する症状群です。

再体験症状(フラッシュバック・悪夢)

心的外傷的出来事が、あたかも今ここで再び起こっているかのように感じられる症状です。これが再体験症状の中核をなす「フラッシュバック」です。

  • フラッシュバック: 突然、鮮明な映像、音、匂い、感覚としてトラウマ体験の一部または全体が蘇ります。意識が完全に奪われることもあり、その場にいないにも関わらず、実際に危険が迫っているかのように感じ、強い恐怖やパニックを伴うことがあります。例えば、車のエンジン音を聞いて事故の瞬間の恐怖が蘇る、特定の場所に行って暴力の場面がありありと目に浮かぶ、といった形で現れます。これは意図せずに起こり、コントロールが非常に困難です。
  • 苦痛な夢(悪夢): トラウマ体験に関連する内容の悪夢を繰り返し見ます。夢の中で再び危険に晒されたり、無力感を味わったりし、眠りから覚めても強い不安や恐怖が残ることがあります。
  • 侵入思考・イメージ: 意図しないのに、トラウマ体験に関する考えやイメージが頭の中に繰り返し浮かび、不快な気持ちになります。
  • 外的な刺激への過敏な反応: トラウマ体験に関連する特定の場所、人、会話、活動、匂い、音などに触れると、強い心理的苦痛を感じたり、心臓がドキドキする、汗をかく、息苦しくなるなどの身体的な反応が起こったりします。

これらの再体験症状は、PTSDの最も特徴的な症状であり、患者さんにとって非常に苦痛を伴うものです。

回避・精神麻痺症状

トラウマに関連する苦痛な感情、思考、記憶、あるいは状況を避けようとする症状です。また、感情が麻痺したように感じたり、以前楽しめたことに関心が持てなくなったりすることもあります。

  • 回避:
    • 内的な回避: トラウマに関する考えや感情が浮かばないように、意図的に思考をそらしたり、考えないように努めたりします。
    • 外的な回避: トラウマを思い出させるような場所、人、活動、会話などを避けます。例えば、事故現場の近くを通らない、似たような服装の人を見ないようにする、トラウマについて話すことを避ける、といった行動を取ります。
  • 精神麻痺:
    • 感情の鈍麻: 喜びや愛情など、肯定的な感情を感じにくくなります。まるで心が凍りついたように感じたり、感情がなくなってしまったように感じたりします。他者への関心も薄れることがあります。
    • 関心の減退: 以前は楽しめていた趣味や活動、あるいは人間関係に対して関心がなくなり、引きこもりがちになることがあります。
    • 未来への絶望感: 将来に対して希望が持てなくなり、自分の人生が長く続かないのではないか、あるいは普通の人生を送ることができないのではないかと感じることがあります。
    • 解離: 現実感がない、自分が自分でないように感じる(離人感)、周囲の世界が現実ではないように感じる(現実感喪失)といった症状が現れることがあります。特に強い苦痛やストレスに直面した際に起こりやすいです。

回避や精神麻痺の症状は、苦痛から一時的に逃れるための無意識的な防御メカニズムとして働くことがありますが、これが長期化すると、他者とのつながりを失ったり、社会生活を送る上で大きな困難を伴ったりする原因となります。

過覚醒症状

常に危険が潜んでいるかのように感じ、神経が高ぶった状態が続く症状です。ちょっとしたことにも過敏に反応したり、落ち着きがなくなったりします。

  • 過度の警戒心(ハイパーヴィジランス): 常に周囲に危険がないか警戒し、些細な物音や動きにも過敏に反応します。リラックスすることが難しくなります。
  • 驚愕反応の亢進: 予期しない大きな音や刺激に対して、飛び上がるほど強く驚いたり、硬直したりします。
  • 集中困難: 緊張や不安によって注意が散漫になり、物事に集中することが難しくなります。仕事や学業に支障が出ることがあります。
  • いらいら、怒りの爆発: 感情のコントロールが難しくなり、些細なことでいらいらしたり、怒りを爆発させたりすることが増えます。
  • 睡眠障害: 寝付きが悪くなる、夜中に何度も目が覚める、眠りが浅いなど、睡眠に関する問題を抱えることが多いです。これは悪夢を見ることも一因となりますが、過覚醒の状態が続いていること自体も睡眠を妨げます。
  • 無謀な行動: 自分や他者を危険に晒すような衝動的な行動をとることがあります。これは、過覚醒による高揚感や、未来への絶望感、自己破壊的な衝動などが影響している可能性があります。

これらの過覚醒症状は、常に心が休まらない状態であり、心身ともに疲弊させる原因となります。些細な刺激にも反応してしまうため、人混みや騒がしい場所を避けるようになるなど、社会生活にも影響が出ることがあります。

これらの4つのカテゴリーの症状が、トラウマ体験の後に1ヶ月以上持続し、社会生活や職業生活に重大な支障をきたしている場合に、PTSDと診断される可能性が高まります。

トラウマとPTSDの決定的な違いを比較

ここまで、トラウマとPTSDのそれぞれの定義と特徴を見てきました。ここで、その決定的な違いを比較し、より明確に理解しましょう。

最も重要な違いは、トラウマが「出来事やその後の心の状態(心の傷)」を指す一般的な概念であるのに対し、PTSDは「トラウマ体験を原因として発症する特定の精神疾患」であるという点です。

以下の表に、主な違いをまとめました。

比較項目 トラウマ (Trauma) PTSD (Post-Traumatic Stress Disorder)
概念 心の傷、精神的な衝撃によって引き起こされる心の状態や影響 特定のトラウマ体験後に発症する精神疾患
医学的分類 疾患ではない 精神疾患(診断名)
診断の有無 専門家による診断は必要ない DSM-5-TRなどの診断基準に基づき、専門家による診断が必要
症状 漠然とした心の苦痛、困難(個人差が大きい) 特定のパターンを持つ症状群(再体験、回避、認知・気分、過覚醒)
症状の持続期間 出来事直後から生じる可能性がある、期間は様々 トラウマ体験後、通常1ヶ月以上持続する必要がある
日常生活への影響 苦痛はあるが、必ずしも診断基準を満たすほどの機能障害はない 診断基準として、社会生活や職業生活に重大な支障をきたしている
治療 カウンセリングやセルフケアで回復することもある 専門家による治療(心理療法、薬物療法)が必要となることが多い
誰にでも起こるか 衝撃的な出来事を経験した人なら誰にでも起こりうる概念 トラウマ体験者の全員が発症するわけではない(約7〜8%)

概念的な違い(心の傷 vs 疾患)

前述の通り、最も根本的な違いは概念にあります。トラウマは、個人が経験した出来事そのもの、あるいはその出来事によって心に刻まれた「傷」や「影響」を指す、より広範で一般的な言葉です。これは心理学的な概念であり、必ずしも病的な状態を示すわけではありません。多くの人が衝撃的な出来事を経験しても、時間の経過とともに回復していきます。

一方、PTSDは、そのトラウマ体験が原因となって心身に特定の異常な反応が持続し、それが病気として診断される状態です。つまり、トラウマは原因やきっかけとなりうる概念であり、PTSDはそのトラウマによって引き起こされる可能性のある「結果としての疾患」なのです。

例えるなら、骨折が「怪我」という概念であり、特定の診断名(例: 大腿骨頸部骨折)は怪我の具体的な状態を指すようなものです。トラウマは「心の怪我」という概念、PTSDは「心の怪我によって生じる特定の病気」と言えるでしょう。

症状が現れる期間や経過の違い

トラウマによる心の苦痛や影響は、出来事の直後から生じることがあります。衝撃や混乱、悲しみ、不安などが初期反応として現れるのは自然なことです。これらの反応は、通常は時間の経過とともに軽減していきます。この初期の反応は「急性ストレス反応」と呼ばれることがあり、必ずしも病気ではありません。

しかし、PTSDの場合、診断基準として症状が1ヶ月以上持続することが求められます。トラウマ体験から間もなく(通常1ヶ月以内)現れる症状は「急性ストレス障害(ASD)」と呼ばれる別の診断名になることもあります。PTSDは、ASDが遷延した場合や、症状が1ヶ月以上経過してから現れた場合に診断されます。

つまり、トラウマ体験の後に一時的に辛い症状が出ても、それが短期間で収まればPTSDとは診断されません。症状が長く続き、日常生活に支障が出ている場合にPTSDという診断が下されるのです。症状の現れ方や経過には個人差が大きく、すぐに症状が出る人もいれば、数ヶ月、あるいは数年経ってから症状が現れる「遅延型発症」というケースもあります。

診断の有無と医学的分類

トラウマは医学的な診断名ではありません。あなたが「あの経験がトラウマになっている」と感じたり、心理的な苦痛を抱えていたりしても、それ自体が「トラウマという病気」と診断されるわけではありません。

対照的に、PTSDは精神疾患として正式に分類されており、精神科医や臨床心理士などの専門家が、定められた診断基準(DSM-5-TRなど)に基づいて診断を行います。診断には、詳細な問診や心理検査などが必要です。

この診断の有無は、治療のアプローチにおいても重要です。トラウマによる心の傷は、セルフケアや周囲のサポート、一般的なカウンセリングによって癒えることもあります。しかし、PTSDと診断された場合は、疾患としての適切な治療が必要となります。専門的な心理療法や薬物療法など、PTSDに特化した治療法が有効であることがわかっています。

したがって、ご自身の辛い体験が単なる「トラウマ」の範疇なのか、それとも治療が必要な「PTSD」という疾患なのかを知るためには、専門家の診断を受けることが重要です。

PTSDになりやすい人の特徴や傾向

トラウマとなるような出来事を経験したすべての人がPTSDを発症するわけではありません。発症率は、出来事の種類や個人の要因によって大きく異なります。例えば、自然災害よりも対人的な暴力(性的暴行など)の方が、PTSDの発症率が高い傾向があります。また、同じ出来事を経験しても、PTSDを発症する人もいれば、しない人もいます。

PTSDの発症には、出来事そのものの性質と、個人の特性や環境要因が複雑に影響し合っていると考えられています。

出来事の性質による影響

トラウマとなる出来事そのものの性質が、PTSDの発症リスクに影響します。

出来事の強度・深刻さ: 生命の危険が極めて高かった、身体的・精神的な被害が大きかったなど、出来事が深刻であるほどリスクは高まります。
出来事の期間・頻度: 単一の出来事よりも、長期間にわたって繰り返されるトラウマ(虐待、DVなど)の方が、より複雑で重いPTSDを発症しやすい傾向があります(複雑性PTSD)。
対人関係性の有無: 意図的に他者から危害を加えられるような出来事(暴力、虐待)は、自然災害や事故よりもPTSDの発症率が高いとされています。これは、人に対する信頼が根底から覆されるためと考えられます。
コントロール不能感・予期せぬ出来事: 出来事を自分でコントロールできなかった、全く予期していなかった、といった感覚が強いほど、無力感が増し、PTSDのリスクを高めます。
出来事後の環境: 出来事の後も安全が確保されない、あるいは十分なサポートが得られない状況が続くと、リスクが高まります。

個人の特性や環境要因

出来事の性質だけでなく、トラウマを体験する側の個人の特性や、その時の環境もPTSDの発症に関わります。

過去のトラウマ経験: 幼少期に虐待を受けたなど、過去にトラウマ体験がある人は、新たなトラウマ体験後にPTSDを発症するリスクが高いと言われています。これは、既に心の傷がある状態で新たな衝撃を受けるためと考えられます。
精神疾患の既往: うつ病や不安障害など、過去に精神疾患を患ったことがある人も、PTSDになりやすい傾向があります。
性格・気質: 生まれつき感受性が高い、不安を感じやすいといった気質も影響する可能性があります。ただし、これは「性格が弱いからなりやすい」ということではなく、脳の反応性などの生物学的な要因も関わると考えられます。
認知スタイル: 出来事をどのように捉えるか(自己否定的に捉える、悲観的に捉えるなど)も影響します。極端な自己責任論や、歪んだ世界観を持つことは回復を妨げることがあります。
ストレス耐性・コーピングスキル: ストレスに対処する能力(コーピングスキル)が低い、あるいは適切な対処法を知らない場合、PTSDのリスクが高まる可能性があります。
遺伝的要因: 双子の研究などから、PTSDの発症に遺伝的な要因も関与している可能性が示唆されています。ただし、遺伝だけで決まるものではありません。
社会的サポート: 家族、友人、パートナーなど、信頼できる人からの精神的・物理的なサポートがあるかどうかが、PTSDの発症を防いだり、回復を助けたりする上で非常に重要です。孤立している人はリスクが高まります。
経済的困窮: 出来事の後、経済的に不安定な状況に陥ることも、ストレスを増大させ、回復を妨げる要因となります。
二次被害: トラウマ体験について相談した際に、周囲から非難される、信じてもらえないといった「二次被害」を受けることも、回復を著しく妨げ、PTSDを悪化させる原因となります。

これらの要因が複雑に絡み合って、PTSDを発症するかどうかが決まります。したがって、誰でもPTSDを発症する可能性がある一方で、これらのリスク要因が多い人は、より注意が必要と言えるでしょう。重要なのは、「なりやすい特徴がある=必ずなる」ではないこと、そして適切なサポートや治療によって回復が可能であるということです。

トラウマ・PTSDの治療法と克服

トラウマによる心の傷や、それが引き起こすPTSDは、適切な治療やサポートによって回復し、克服することが十分に可能です。特にPTSDは、専門家による治療が有効であることが多くの研究で示されています。

専門機関での心理療法・薬物療法

PTSDの治療の柱となるのは、主に心理療法薬物療法です。

心理療法

PTSDに対する心理療法として、最も有効性が高いとされるのは「トラウマに焦点を当てた認知行動療法 (Trauma-Focused Cognitive Behavioral Therapy, TF-CBT)」や「持続エクスポージャー法 (Prolonged Exposure Therapy, PE)」、「EMDR (Eye Movement Desensitization and Reprocessing)」などです。

トラウマに焦点を当てた認知行動療法 (TF-CBT): トラウマ体験に関連する否定的な思考パターン(認知)と、それに基づく行動(回避など)に焦点を当てて修正していく治療法です。安全な環境でトラウマ体験について語る練習(曝露)を行い、体験に対する解釈を変えたり、回避行動を減らしたりすることで、苦痛を軽減することを目指します。
持続エクスポージャー法 (PE): 意図的にトラウマに関する記憶や、それを思い出させる状況に少しずつ触れていく治療法です。安全な状況で意図的に苦痛な記憶を呼び起こす(想像曝露)ことや、トラウマを思い出させる現実の状況に赴く(現場曝露)ことを通じて、恐怖や不安が時間とともに軽減することを学習します。
EMDR: 特定のリズムで眼球を動かすなど、左右交互に刺激を与えながらトラウマ体験を思い出す心理療法です。脳の情報処理を促進し、トラウマ記憶をより適応的な形で整理することを目的とします。

これらの心理療法は、経験豊富な専門家(公認心理師、臨床心理士、精神科医など)の指導のもとで行われる必要があります。治療によって、フラッシュバックや回避、過覚醒といったPTSDの中核症状を改善し、日常生活を立て直すことが可能になります。

薬物療法

PTSDの症状(特にうつ症状、不安、過覚醒、いらいらなど)の緩和には、薬物療法が有効な場合があります。主に使われるのは、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの抗うつ薬です。これらの薬は、脳内の神経伝達物質のバランスを調整することで、気分の落ち込みや不安を軽減し、心理療法の効果を高めるサポートをします。

薬物療法は、症状の緩和を目的とするものであり、トラウマそのものを消すわけではありません。心理療法と併用することで、より効果的な治療が期待できます。薬の種類や量、服用期間については、医師が患者さんの症状や状態を考慮して慎重に決定します。

自然回復の可能性と注意点

トラウマ体験をした人の多くは、時間の経過とともに特別な治療を受けなくても自然に回復していきます。特に、出来事の後すぐに安心できる環境が確保されたり、周囲からの温かいサポートが得られたりした場合、回復は促進されやすいです。初期の急性ストレス反応であれば、数日から数週間で症状が落ち着くことも多いです。

しかし、症状が1ヶ月以上続く場合や、日常生活に支障が出ている場合は、自然回復が難しい可能性が高まります。また、症状がなくても、心の奥底にトラウマの傷が残り、何かのきっかけで後から症状が現れる「遅延型発症」の可能性もゼロではありません。

自然回復を待つ期間であっても、無理にポジティブに振る舞おうとしたり、感情を抑え込んだりすることは逆効果になることがあります。自分の感情を認め、信頼できる人に話を聞いてもらうなど、無理のない範囲で対処することが大切です。ただし、症状が重い場合や、自己判断で乗り越えようとしてかえって状態が悪化することもあるため、迷った場合は早めに専門家へ相談することが重要です。

慢性化を防ぐための早期対応

PTSDの慢性化を防ぐためには、トラウマ体験後の早期対応が非常に重要です。

安全の確保: 出来事の直後、まず最も大切なのは物理的、精神的な安全を確保することです。危険な場所から離れる、加害者から距離を置くなど、安全な環境を整えることが回復の第一歩です。
休息とセルフケア: 十分な睡眠をとり、バランスの取れた食事を心がけ、無理のない範囲で体を動かすなど、基本的なセルフケアを行うことが心身の回復を助けます。
信頼できる人とのつながり: 家族や友人など、安心して話せる人と感情を分かち合うことは、孤立を防ぎ、心の負担を軽減する上で非常に重要です。話すことが難しければ、そばにいてもらうだけでも支えになります。
情報収集と理解: 自分が経験した出来事や、その後の心身の反応について正しい知識を得ることは、不安を軽減し、対処法を考える上で役立ちます。ただし、情報過多にならないように注意が必要です。
早期の専門家への相談: 症状が重い場合や、1ヶ月以上続く場合、あるいは日常生活に大きな支障が出ている場合は、迷わず精神科医や臨床心理士などの専門家に相談しましょう。「これくらいで相談していいのだろうか」とためらう必要はありません。早期に適切なサポートを受けることで、症状の悪化や慢性化を防ぎ、回復への道筋を立てやすくなります。

専門家はあなたの話を丁寧に聞き、現在の状態を評価し、適切なアドバイスや治療法を提案してくれます。相談すること自体が、回復への大きな一歩となります。

トラウマとフラッシュバックの違いについて

「トラウマ」と「フラッシュバック」も混同されやすい言葉です。しかし、これらも概念が異なります。

先ほど解説したように、トラウマは「心の傷」や「精神的な衝撃によって心に刻まれた影響」という広い概念を指します。それは、過去の出来事そのものだけでなく、その出来事が個人の心にもたらした苦痛な状態全般を含みます。

一方、フラッシュバックは、PTSDの代表的な症状の一つです。これは、トラウマ体験の一部または全体が、突然、鮮明な感覚(映像、音、匂い、身体感覚など)として蘇り、あたかも今まさにその出来事が再び起こっているかのように感じられる現象です。意図せずに起こり、強い苦痛やパニックを伴うことが多いのが特徴です。

つまり、トラウマは原因や概念、フラッシュバックはトラウマによって引き起こされる可能性のある「特定の症状」なのです。

トラウマ体験をした人が必ずフラッシュバックを起こすわけではありません。また、フラッシュバックはPTSDの中核症状ではありますが、フラッシュバック以外の症状(回避、過覚醒など)も合わせて診断基準を満たす場合にPTSDと診断されます。

フラッシュバックは非常に苦痛な症状ですが、これは心が過去の体験を処理しきれていないサインでもあります。専門的な心理療法(特にTF-CBTやPE、EMDRなど)は、このフラッシュバックの苦痛を軽減し、トラウマ体験を過去のものとして整理できるようになることを目指します。

まとめ:トラウマとPTSDの違いを理解することの重要性

この記事では、トラウマとPTSDの違いについて解説しました。

  • トラウマ: 強い精神的な衝撃によって心に深く刻まれた「心の傷」やその影響を指す、より広範で一般的な概念です。様々な出来事が原因となり得ますが、これは医学的な診断名ではありません。
  • PTSD: 特定の心的外傷(トラウマ)体験に晒された後に発症する可能性のある精神疾患です。フラッシュバックなどの再体験、回避、認知や気分の変化、過覚醒といった特定の症状が1ヶ月以上持続し、日常生活に支障をきたす場合に、専門家によって診断されます。

両者の最も決定的な違いは、トラウマが概念であるのに対し、PTSDは疾患であるという点にあります。トラウマ体験は多くの人が経験しうるものであり、その後の心の苦痛も自然な反応として起こり得ます。しかし、その苦痛が重く長く続き、特定の症状パターンを示して日常生活に支障をきたす場合は、PTSDという疾患の可能性を考える必要があります。

この違いを理解することは、以下のような点で重要です。

ご自身の状態の適切な理解: 自分が感じている苦痛が、一時的な反応なのか、それとも疾患の可能性を示唆するサインなのかを見極める上で役立ちます。
適切な対処法の選択: トラウマによる一時的な苦痛であれば、セルフケアや身近なサポートで回復することも可能です。しかし、PTSDであれば、専門的な治療が必要となる可能性が高く、自己判断だけで対処しようとするとかえって悪化させるリスクがあります。
専門家への相談の判断: 症状が続く場合や重い場合、日常生活に支障が出ている場合など、専門家への相談を検討する目安となります。

専門家への相談を検討されている方へ

もしあなたが、過去の辛い体験によって心身の不調を感じている、あるいはフラッシュバックなどのPTSDのような症状に苦しんでおり、それが日常生活に影響を与えていると感じているのであれば、一人で抱え込まず、専門家への相談を強くお勧めします。

相談できる専門家としては、精神科医、心療内科医、あるいは精神疾患やトラウマ治療を専門とする臨床心理士や公認心理師などがいます。

精神科・心療内科: 医師による診察を受け、症状がPTSDかどうかを診断してもらえます。必要に応じて薬物療法を受けることもできます。心理療法を行っている医療機関もあります。
心理相談機関: 医療機関とは別に、臨床心理士や公認心理師などが所属する心理相談機関で、心理療法を受けることができます。診断や薬の処方はできませんが、専門的な心理的ケアを受けられます。

まずは、かかりつけ医に相談してみる、地域の精神保健福祉センターに問い合わせてみる、あるいはインターネットで「(お住まいの地域) 精神科 トラウマ」「(お住まいの地域) 心理療法 PTSD」といったキーワードで検索してみるのも良いでしょう。

専門家はあなたの話を丁寧に聞き、現在の状態を評価し、適切なアドバイスや治療法を提案してくれます。相談すること自体が、回復への大きな一歩となります。

この情報が、トラウマとPTSDの違いを理解し、必要とされるサポートに繋がる一助となれば幸いです。

免責事項: 本記事は一般的な情報提供を目的としており、医学的アドバイスや診断に代わるものではありません。個々の症状については、必ず医療機関や専門家にご相談ください。

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