夕方になり、部屋の明かりをつけ始める頃、それまで穏やかだった家族の様子が突然変わる。落ち着きがなくなり、不安そうにうろうろ歩き回ったり、「家に帰る」と言い出したり。もしかしたら、それは「夕暮れ症候群」かもしれません。
夕暮れ症候群は、主に認知症の方に見られる症状の一つです。夕方から夜にかけて、一時的に精神状態が不安定になり、様々な行動上の問題が現れます。介護する側にとっては、どのように対応すれば良いのか分からず、大きな負担となることも少なくありません。
この記事では、夕暮れ症候群の原因、具体的な症状、そしてご家庭でできる対応や対策について詳しく解説します。夕暮れ症候群を理解し、適切な知識を持つことで、本人にとっても介護する家族にとっても、より穏やかな時間を過ごせるようになるためのヒントを見つけられるでしょう。
夕暮れ症候群とは?
夕暮れ症候群(Sundowning Syndrome)とは、一般的に、認知症の方に見られる行動・心理症状(BPSD)のうち、特に夕方から夜にかけて出現したり悪化したりする一連の症状群を指します。日中は比較的落ち着いているのに、夕方から夜にかけて不安や混乱が増強し、興奮したり、帰宅願望を示したりするなどの症状が見られるのが特徴です。
たそがれ症候群とも呼ばれる症状
夕暮れ症候群は、「たそがれ症候群」や「日没症候群」とも呼ばれることがあります。「たそがれ」とは夕暮れ時の薄暗くなった時間帯を指す言葉であり、症状が現れる時間帯を的確に表しているため、このような呼称が使われます。医学的な正式名称ではありませんが、介護の現場や一般的に広く認識されている症状名です。
この症状は、特定の疾患名というよりも、時間帯によって変動する認知症の行動・心理症状を表現する言葉として用いられます。そのため、診断名として使われることは少なく、あくまで症状のパターンを指す名称として理解されています。
主に認知症の方に見られる特徴
夕暮れ症候群は、認知症の方、特に中程度から重度の認知症の方によく見られる症状です。アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症など、様々な種類の認知症で見られる可能性があります。
なぜ認知症の方に多く見られるのかについては、後述する原因の項目で詳しく解説しますが、認知機能の低下により、時間や場所の認識が難しくなったり、環境の変化への適応能力が低下したりすることが大きく影響していると考えられています。
ただし、全ての認知症の方に夕暮れ症候群が見られるわけではありません。また、高齢者のせん妄やうつ病など、認知症以外の原因でも似たような症状が出現することもあるため、自己判断はせずに専門医に相談することが重要です。しかし、多くの場合、夕暮れ症候群は認知症の進行に伴って現れる、あるいは目立つようになる症状として認識されています。
夕暮れ症候群の主な症状
夕暮れ症候群の症状は多岐にわたりますが、最も特徴的なのは、特定の時間帯、特に夕方から夜にかけて症状が出現したり悪化したりする点です。日中は比較的穏やかだったり、普段通りの生活を送れていても、日が暮れ始めると同時に不安げになったり、普段は見られないような言動が見られるようになります。
夕方から夜にかけて症状が悪化する
夕暮れ症候群の症状は、名前の通り、夕方(午後3時頃から5時頃)から始まり、日没後や夜間にかけて強くなる傾向があります。そして、多くの場合、朝方になると落ち着きを取り戻します。この時間帯による変動パターンが、夕暮れ症候群を特徴づける最大のポイントです。
例えば、日中はデイサービスで楽しく過ごしたり、自宅で穏やかにテレビを見たりしていた方が、夕方になり家に帰ってくると、急に落ち着きがなくなり、そわそわし始める、といった様子が見られることがあります。夜が深まるにつれて症状がエスカレートし、夜間の介護がより困難になるケースも少なくありません。
なぜこの時間帯に症状が悪化するのかについては、生体リズムの乱れや周囲の環境変化など、様々な要因が考えられています。
不安・混乱・落ち着きのなさ
夕暮れ症候群でよく見られる症状の一つに、不安や混乱、そしてそれに伴う落ち着きのなさがあります。
不安そうにしている: 漠然とした不安を感じている様子で、顔色が悪くなったり、手足を落ち着きなく動かしたりします。「何か悪いことが起きるんじゃないか」「誰かに置いていかれるんじゃないか」といった漠然とした不安を訴えることもあります。
混乱している: 時間や場所、状況が理解できなくなり、混乱した言動が見られます。例えば、自宅にいるのに「ここはどこ?」と聞いたり、季節外れの服装をしようとしたりします。
落ち着きがない(アジテーション): 目的もなく部屋の中をうろうろ歩き回る(徘徊の一種)、物をいじり続ける、ドアを開け閉めするなど、そわそわして一つの場所にとどまれない様子が見られます。
これらの症状は、本人にとって非常に辛いものであり、自分が置かれている状況が理解できないことへの焦りや恐怖が背景にあると考えられます。
興奮・攻撃的な言動
不安や混乱がエスカレートすると、興奮状態になったり、攻撃的な言動が見られたりすることもあります。
興奮: 声が大きくなる、早口になる、感情の起伏が激しくなるなどの様子が見られます。些細なことで怒り出したり、わけもなく笑ったり泣いたりすることもあります。
攻撃的な言動: 介護者や周囲の人に対して、言葉で罵ったり、叩いたり、つかみかかろうとしたりするなどの行動が見られることがあります。これは、本人の意思によるものではなく、不安や恐怖、混乱が引き起こす無意識的な反応であることが多いです。
このような症状が出ると、介護者は身体的にも精神的にも大きな負担を感じますが、これも認知症の症状の一つであることを理解し、冷静に対応することが大切です。
帰宅願望(帰りたい病)
夕暮れ症候群の症状として特に多くの介護者を悩ませるのが「帰宅願望」です。「家に帰りたい」「お家に帰る」と繰り返し訴えたり、実際に家を出ようとしたりします。これは、現在自分がいる場所が自宅だと認識できなかったり、幼少期や若い頃に住んでいた家など、過去の安心できた場所に戻りたいという気持ちから生じると考えられています。
例えば、長年住み慣れた自宅にいるにも関わらず、「ここは私の家じゃない」「早く家に帰らなくちゃ」と言うことがあります。また、結婚前の実家に帰ろうとしたり、亡くなった親や配偶者の元に帰ろうとしたりすることもあります。
夕方になり、多くの人が仕事や学校から家に帰る時間帯になると、その習慣や過去の記憶が刺激され、「自分も帰らなければ」という思いが強くなることも原因の一つとされています。
幻覚・妄想
夕暮れ症候群では、幻覚や妄想が見られることもあります。
幻覚: 実際には存在しないものが見えたり聞こえたりします。特に夕方の薄暗い時間帯は、物の影や光の加減が不確かになり、幻視(見えないものが見える幻覚)が起こりやすくなります。「部屋の隅に誰かいる」「虫が這っている」「知らない子供たちが遊んでいる声が聞こえる」といった訴えがよく聞かれます。
妄想: 事実とは異なることを強く信じ込みます。例えば、「財布を盗まれた」「家族が自分を閉じ込めようとしている」「隣の人が悪口を言っている」といった被害的な内容が多い傾向があります。
これらの幻覚や妄想は、本人にとっては現実であるため、否定したり論破しようとしたりしても逆効果になることが多いです。
その他の身体的な不調(夕方になるとしんどい、体調が悪くなる)
精神的な症状だけでなく、身体的な不調を訴えることもあります。
倦怠感・だるさ: 夕方になると急に疲れた様子を見せたり、「しんどい」「だるい」と訴えたりします。
体調不良の訴え: 具体的な病気ではないのに、頭痛、吐き気、腹痛などを訴えることがあります。これは、不安やストレスが身体症状として現れている可能性も考えられます。
食欲不振: 夕食の時間になっても食欲がなく、食事を拒否する様子が見られることもあります。
これらの身体的な不調は、心理的な不安定さと関連している場合もあれば、体内時計の乱れや日中の活動量などが影響している場合もあります。
夜間の睡眠障害
夕暮れ症候群の症状が夜間まで続くと、不眠につながることが多くあります。
寝つきが悪い: 不安や落ち着きのなさから、ベッドに入ってもなかなか眠りにつけない。
夜中に何度も起きる: 眠りが浅く、夜中に何度も目を覚ましてうろうろしたり、何かを訴えたりする。
昼夜逆転: 日中うとうとしていることが多くなり、夜間に目が覚めている時間が長くなる。
夜間の睡眠障害は、本人の健康状態を悪化させるだけでなく、介護者の睡眠不足や疲労にも直結するため、非常に深刻な問題となります。
夕暮れ症候群が起こる原因
夕暮れ症候群は、単一の原因で起こるわけではなく、様々な要因が複合的に影響し合って発症すると考えられています。認知機能の低下をベースとして、生理的な変化、心理的な状態、そして周囲の環境が複雑に絡み合います。
生体リズム(体内時計)の乱れ
私たち人間の体内には、約24時間周期で体温やホルモン分泌、睡眠・覚醒などを調整する「生体リズム(体内時計)」が備わっています。このリズムは、朝起きて太陽の光を浴びることでリセットされ、日中の活動と夜間の休息のリズムを保っています。
しかし、加齢や認知症によって、この生体リズムを調整する機能が衰えることがあります。特に、脳内の視床下部にある視交叉上核という部分の機能低下が影響すると考えられます。これにより、日中の活動と夜間の休息のメリハリがなくなり、体内時計が狂いやすくなります。
夕方になると、太陽の光が弱まり、体が休息モードに入ろうとする時間帯ですが、体内時計が乱れていると、この切り替えがうまくいかずに混乱が生じやすくなります。また、夜間の睡眠を促すメラトニンというホルモンの分泌リズムが崩れることも、夜間の不眠や覚醒を引き起こし、結果的に夕暮れ症候群の症状を悪化させる要因となります。
日中の疲労や刺激
日中の過ごし方も夕暮れ症候群の発症や症状の悪化に影響します。
過剰な活動: デイサービスなどでいつも以上に活動したり、慣れない場所に行ったりして、肉体的・精神的に疲労困憊すると、夕方になってその反動で混乱や興奮が生じやすくなります。
刺激の不足: 逆に、一日中家でぼんやり過ごしていたり、人に会う機会が少なかったりすると、日中と夜間の区別がつきにくくなり、生体リズムが乱れやすくなります。また、適度な刺激がないことで脳が活性化されず、夕方になってから不安や混乱が表面化することもあります。
不慣れな環境: 転居や入院など、新しい環境に置かれると、慣れるまでの間は特に夕暮れ症候群の症状が出やすくなることがあります。
周囲の環境変化
夕暮れ時の物理的、社会的な環境の変化も、夕暮れ症候群の引き金となることがあります。
光の変化: 日没により部屋が薄暗くなることは、視覚情報が曖昧になり、見当識障害を悪化させる可能性があります。影が人の姿に見えたり、物が違って見えたりすることで、幻覚や混乱が生じやすくなります。
音の変化: 夕方になると、家族が帰宅してきたり、外の騒音が大きくなったりと、周囲の音が変化することがあります。これらの変化に敏感に反応し、不安や混乱を増幅させる場合があります。
人の出入り: 家族やヘルパーなど、人の出入りが増える時間帯であることも、刺激となり落ち着きを失わせる原因となることがあります。
活動の変化: 多くの家庭で、夕食の準備や片付け、入浴など、日中とは異なる活動が始まる時間帯です。これらの変化についていけなかったり、自分の役割や状況が理解できなかったりすることで、混乱が生じます。
心理的な要因
本人の心理状態も夕暮れ症候群に深く関わっています。
不安・恐怖: 夕方になり暗くなることへの漠然とした不安や恐怖を感じる。また、自分が一人になるのではないか、見捨てられるのではないかといった不安も増強されやすい時間帯です。
寂しさ・孤独感: 家族が帰宅しても、以前のようにコミュニケーションが取れなかったり、自分の居場所がないように感じたりすることで、寂しさや孤独感が強まります。
過去の記憶: 夕方という時間帯が、過去の特定の出来事や習慣(例:仕事から帰る時間、子供の帰りを待つ時間、家族団らんの時間)を呼び起こし、現在の状況とのギャップに混乱する。特に「家に帰る」という願望は、過去の安心できた場所への回帰を求める心理が強いと考えられています。
認知機能の低下
認知症による認知機能の低下は、夕暮れ症候群の最も根本的な原因です。
見当識障害: 時間や場所、人が分からなくなる見当識障害は、夕方になり環境の変化が起こるとより顕著になりやすいです。自分がどこにいるのか、今何時なのかが分からなくなることで、不安や混乱が増大します。
判断力・理解力の低下: 周囲で起こっている状況や、人の言葉を正確に理解したり、状況を判断したりする能力が低下しているため、ちょっとした変化にも対応できず、混乱や不安を引き起こします。
短期記憶の障害: ついさっきのことや、自分が何をしていたかをすぐに忘れてしまうため、現在の状況を把握し続けることが難しくなります。
薬の影響
服用している薬が、夕暮れ症候群の症状に影響を与える可能性も指摘されています。
向精神薬、睡眠薬など: 認知症の周辺症状や不眠に対して処方される薬の中には、効果が切れる時間帯に症状が悪化したり、副作用としてせん妄や錯乱を引き起こしたりするものがあります。
多剤服用(ポリファーマシー): 複数の薬を同時に服用している場合、薬同士の相互作用や副作用が出やすくなることがあります。特に高齢者は薬の代謝や排泄能力が低下しているため、薬の影響が出やすい傾向があります。
服用中の薬について不安がある場合は、必ず医師や薬剤師に相談しましょう。
夕暮れ症候群はいつから始まる?
夕暮れ症候群の症状が現れる時間帯は、一般的に「夕方」とされていますが、具体的にいつから始まるかは個人差があります。
一般的な症状出現の時間帯
多くの場合、夕暮れ症候群の症状は、午後3時頃から5時頃にかけて現れ始めると言われています。ちょうど日が傾き始め、部屋の明かりをつけたり消したりする時間帯です。症状は日没後に強くなり、夜間にかけてピークを迎えることがあります。そして、多くの場合、朝方になると自然に落ち着きを取り戻し、日中は穏やかに過ごせるようになります。
ただし、これはあくまで一般的なパターンであり、人によっては午後遅い時間(例えば午後6時や7時頃)から症状が出始めることもあります。また、冬場は日没が早いため、夏場よりも早い時間帯から症状が出現したり、症状が長く続いたりする傾向が見られることもあります。
進行度や個人による違い
夕暮れ症候群の症状の出現時期や強さ、 duration(持続時間)は、認知症の進行度や個人の特性によって大きく異なります。
認知症の進行度: 比較的軽度の認知症では夕暮れ症候群が見られないか、見られても軽微なことが多いですが、中程度から重度の認知症に進むにつれて、症状が現れやすくなったり、より顕著になったりする傾向があります。ただし、重度の認知症になると、日中と夜間の区別があいまいになり、時間帯に関係なく混乱や興奮が見られるようになることもあります。
個人の特性: 元々の性格(几帳面、心配性など)、生活習慣、過去の経験、体調、そしてその日の気分など、様々な要因が症状の現れ方に影響します。全く症状が出ない方もいれば、非常に強く出る方もいます。
環境の変化: 引っ越しや入院、家族構成の変化など、大きな環境の変化があった後には、一時的に夕暮れ症候群の症状が強くなることがあります。
このように、夕暮れ症候群がいつから始まるかは、画一的なものではなく、個々の状況によって異なることを理解しておく必要があります。
夕暮れ症候群への対応と対策
夕暮れ症候群の症状が見られたとき、どのように対応すれば良いのかを知っておくことは、本人と介護者双方の負担を軽減するために非常に重要です。即効性のある万能薬はありませんが、環境を整えたり、声かけを工夫したりすることで、症状を和らげることが期待できます。
環境を整える工夫
症状が現れやすい夕方から夜にかけての時間帯は、本人が安心して過ごせるように環境を整えることが大切です。
照明の調整: 夕方になったら、部屋が暗くなる前に早めに照明をつけ、部屋全体を明るくしましょう。薄暗い環境は不安や混乱、幻覚を招きやすいため、部屋を明るく保つことが重要です。ただし、まぶしすぎる光や、急激な光の変化は避け、穏やかな明るさを心がけましょう。また、夜間も足元などを照らす間接照明などを活用すると、夜中のトイレ移動なども安心です。
騒音を減らす: テレビの音量を下げたり、大きな話し声を控えたりするなど、騒音を減らす工夫をしましょう。静かで落ち着いた環境は、本人の不安や混乱を和らげるのに役立ちます。
見慣れたもの・安心できるものを近くに: 普段使い慣れている毛布や枕、お気に入りの写真や置物などを近くに置くと、安心感につながります。
危険なものは片付ける: 落ち着きなく動き回ったり、興奮したりすることがあるため、つまずきやすい物や、刃物などの危険なものは手の届かないところに片付けておきましょう。
戸締まりの確認: 帰宅願望が強い場合、無断で外に出てしまう危険性があります。夕方になる前に戸締まりをしっかり確認し、必要に応じて徘徊感知センサーなどの利用も検討しましょう。
日中の過ごし方のポイント
夕暮れ症候群の症状は、日中の過ごし方にも影響を受けます。規則正しく、適度な活動を取り入れることが大切です。
規則正しい生活リズム: 毎日同じ時間に起き、同じ時間に寝るなど、規則正しい生活リズムを心がけましょう。朝起きたら日光を浴びることも、体内時計をリセットする上で重要です。
適度な活動: 日中に適度に体を動かしたり、脳を使う活動を取り入れたりしましょう。散歩、体操、趣味の活動(歌、塗り絵、簡単なゲームなど)は、心身の健康を保ち、夜間の睡眠を促進する効果も期待できます。ただし、疲れすぎると逆効果になることもあるため、本人の体力や興味に合わせた無理のない範囲で行うことが大切です。
短い昼寝: 長時間の昼寝は夜間の睡眠を妨げ、昼夜逆転の原因となることがあります。もし昼寝をする場合でも、夕方近くになる前に、30分以内など短い時間にとどめるようにしましょう。
社会とのつながり: デイサービスへの参加や、家族以外の人との交流は、適度な刺激となり、生活にメリハリを与えます。社会的な孤立を防ぐことも重要です。
コミュニケーションの取り方
症状が現れている本人への接し方、声かけの仕方は非常に重要です。混乱している本人をさらに追い詰めてしまうような対応は避けましょう。
症状や訴え | 避けるべき対応 | 試してみるべき対応 | 具体的な声かけ・行動例 |
---|---|---|---|
「家に帰る」と言う | 「ここがあなたの家ですよ」と否定する。 | まずは訴えを受け止める。なぜ帰りたいのか背景を探る。注意をそらす。一緒に散歩に出る(帰宅行動の代償)。 | 「お家に帰りたいんですね、分かりますよ。〇〇さんのお家はどんなお家でしたか?」「ちょっとそこまで一緒にお散歩に行きませんか?」「お茶を飲みながら、昔のお家の話を教えてください」 |
不安そうにしている | 「大丈夫ですよ」と簡単に済ませる。理由を問いただす。 | 本人のそばに寄り添い、安心させる。優しく話しかける。手を握る。背中をさする。 | 「どうしましたか?何か心配なことでもありますか?」「私がそばにいますから、安心してくださいね」「何かお手伝いしましょうか?」 |
落ち着きなく歩き回る | 座らせようと無理強いする。怒鳴る。 | 安全を確保しながら、一緒に歩く。目的のある行動に誘導する(例:洗濯物を畳む、食器を拭くなど)。好きな音楽をかける。 | 「一緒にちょっと歩きましょうか」「〇〇さん、これ手伝ってくれませんか?」「好きな音楽を聴きましょうか」 |
幻覚・妄想を訴える | 「そんなものはいませんよ」と否定する。 | 本人の訴えを一旦受け止める(否定しない)。本人が安心できるように対応する。話題を変える。部屋を明るくする。 | 「〇〇さんにはそう見えるんですね」「怖い思いをしましたね、私がついていますよ」「あれ?今日の夕食は何だったかな?」 |
興奮・攻撃的になる | 同じように声を荒げる。力で抑え込もうとする。 | 一旦距離をとる(安全確保)。落ち着いた声でゆっくり話す。刺激を減らす。別の部屋に移動する。本人にとって安心できる場所に誘導する。 | (少し離れて)「〇〇さん、ゆっくり深呼吸しましょう」「大丈夫ですよ、落ち着いてください」 |
否定しない: 本人の訴えや言動を頭ごなしに否定せず、「そう感じるのですね」「〇〇なんですね」と一度受け止めましょう。否定されると、本人はさらに混乱したり不安になったりします。
傾聴: 本人の言葉に耳を傾け、共感する姿勢を見せましょう。たとえ内容が現実と異なっていても、本人の感情に寄り添うことが大切です。
優しく落ち着いた声で: 早口や大きな声は避け、ゆっくりと穏やかなトーンで話しかけましょう。
簡単な言葉で: 一度にたくさんの情報を伝えたり、複雑な話したりすることは避け、短くシンプルな言葉で伝えましょう。
非言語コミュニケーション: 笑顔、優しい眼差し、手の感触なども安心感を与える重要な要素です。
注意をそらす: 症状が強く出ているときは、無理に理由を聞き出すよりも、本人が興味を持ちそうな話題や活動に注意をそらすことが有効な場合があります。昔の楽しかった思い出を話したり、好きな音楽をかけたり、簡単な作業をお願いしたりするなどです。
本人のペースに合わせる: 焦らせたり急かしたりせず、本人のペースに合わせて対応しましょう。
これらの対応は、症状を完全に消し去るものではありませんが、本人の苦痛を和らげ、介護者との関係を良好に保つ上で非常に重要です。
医療機関や専門家への相談
ご家庭での対応が難しい場合や、症状が重い場合、他の病気が疑われる場合は、迷わず医療機関や専門家に相談しましょう。
- かかりつけ医: まずは普段から診てもらっているかかりつけ医に相談しましょう。認知症の診断を受けている場合は、その主治医に相談するのが適切です。
- もの忘れ外来・認知症専門医: 認知症の専門的な診断や治療、周辺症状への対応について相談できます。
- 精神科医: 行動・心理症状(BPSD)が特に強い場合や、うつ病、せん妄などが疑われる場合は、精神科医に相談することが有効です。
- ケアマネジャー: 担当のケアマネジャーがいる場合は、夕暮れ症候群の症状について相談し、サービスの見直しや、利用できる公的な支援についてアドバイスをもらえます。
- 地域包括支援センター: 地域包括支援センターは、高齢者の総合相談窓口です。介護に関する様々な相談に乗ってくれるほか、適切な専門機関やサービスを紹介してくれます。
- 認知症カフェ: 認知症の方やその家族、地域住民などが気軽に集まり、情報交換や交流ができる場です。同じ悩みを抱える人たちと話すことで、気持ちが楽になったり、役立つ情報を得られたりすることがあります。
薬物療法について: 夕暮れ症候群に対しては、まず非薬物療法(環境調整や声かけの工夫など)が基本となります。しかし、症状が非常に強く、本人や介護者の苦痛が大きい場合や、周囲への影響が大きい場合には、医師の判断で薬物療法が検討されることもあります。抗精神病薬、抗不安薬、睡眠薬などが症状に応じて処方されることがありますが、副作用のリスクもあるため、必ず医師の指示に従って慎重に使用します。
介護者の負担軽減
夕暮れ症候群の介護は、特に夕方から夜間にかけての集中した時間帯に症状が出るため、介護者の心身に大きな負担がかかります。介護者が倒れてしまわないためにも、負担を軽減する対策は必須です。
- 一人で抱え込まない: 家族だけで問題を抱え込まず、他の家族、親戚、友人などに協力や相談を求めましょう。
- 休息を取る: 介護者は慢性的な睡眠不足や疲労に陥りやすいです。日中に短時間でも休憩を取ったり、気分転換をしたりする時間を作りましょう。
- 公的な支援サービスの活用: デイサービスを利用して日中の介護負担を軽減したり、ショートステイを利用してまとまった休息を取ったりするなど、介護保険サービスを積極的に活用しましょう。訪問介護を利用して、夕食の準備や入浴の介助をしてもらうことも有効です。
- 情報収集と学習: 夕暮れ症候群や認知症について正しい知識を持つことは、不安を軽減し、適切な対応をする上で役立ちます。自治体や介護関連団体が開催する家族教室や研修会に参加するのも良いでしょう。
- 同じ経験を持つ人との交流: 認知症家族の会などに参加し、同じ悩みを持つ人たちと交流することで、精神的な支えになります。
- 時には手放す勇気も: 全てを完璧にこなそうとせず、「今日はうまくいかなくても仕方ない」と割り切ることも必要です。症状がひどいときは、安全を確保しつつ、無理に対応しようとせず、本人が落ち着くまで待つことも一つの方法です。
介護者が健康でなければ、本人を支え続けることはできません。自身の心と体を守ることを最優先に考えましょう。
夕暮れ症候群と関連する症状・疾患
夕暮れ症候群は、認知症の様々な症状と関連していますが、特に似たような症状が出現する他の疾患や概念についても理解しておくと、適切な対応や鑑別につながります。
老人性うつとの関連
高齢者のうつ病(老人性うつ)は、認知症と間違えられたり、あるいは認知症に合併したりすることがあります。老人性うつの症状の中には、意欲の低下、不眠、不安感、落ち着きのなさなど、夕暮れ症候群や認知症の周辺症状と似ているものがあります。
症状項目 | 認知症(夕暮れ症候群) | 老人性うつ |
---|---|---|
時間帯による変動 | 夕方から夜にかけて悪化しやすい。日中は比較的落ち着いていることが多い。 | 特定の時間帯に限らず見られることがある。 |
記憶障害 | 短期記憶障害が顕著。昔のことは比較的覚えている場合が多い。 | 記銘力障害が見られることがあるが、認知症ほど重度ではない場合が多い。 |
自覚 | 自分が病気であるという自覚がない場合が多い。 | 抑うつ気分や不安感、体調不良などを自覚している場合が多い。 |
訴え方 | 抽象的、支離滅裂になることがある。 | 具体的で一貫性があることが多い。 |
意欲・活動性 | 無目的に動き回る(アジテーション)が見られることがある。 | 意欲低下、引きこもり傾向が強い場合が多い。 |
老人性うつは、適切な治療(薬物療法や精神療法)によって改善する可能性があります。夕暮れ症候群か、うつ病か、あるいは両方の合併かなどを正確に診断するためには、専門医による診察が必要です。漠然とした不安や元気がないといった様子が見られた場合は、かかりつけ医や精神科医に相談してみましょう。
帰宅願望との関係
「帰宅願望」は、夕暮れ症候群の代表的な症状の一つとして既に述べましたが、ここでは改めてその心理的な背景と、夕暮れ症候群との関係性を整理します。
帰宅願望は、単に家に帰りたいという表面的な要求ではありません。その背景には、様々な心理的な要因が隠されています。
- 現在の居場所への不安: 認知機能の低下により、今いる場所が安全な自宅であると認識できず、不安を感じている。「ここは自分のいるべき場所ではない」と感じ、安心できる場所(過去の自宅など)に戻りたいと強く願う。
- 過去への回帰: 幼少期や若い頃の強い記憶や習慣に引っ張られている。特に夕方という時間帯が、仕事から帰る、学校から帰る、家族が集まる、といった過去の「帰る」という行為やそれに伴う安心感を呼び起こし、「自分も帰らなければ」という焦りや使命感につながる。
- 役割の喪失: 自分が家族や社会の中で果たしていた役割(例:仕事をする、家事をこなす)を失い、その役割を果たしていた場所(例:職場、かつての自宅)に戻りたいという思い。
- 見当識障害の悪化: 夕方になり、時間や場所の認識がより曖昧になることで、自分が今どこにいて、何をすべき時間なのかが分からなくなり、混乱の末に「帰宅」という行動に結びつく。
このように、帰宅願望は夕暮れ症候群という時間帯による症状のパターンの中で、最も分かりやすい行動として現れることが多い症状です。夕暮れ症候群の対応策として提示したコミュニケーションの取り方や環境調整は、この帰宅願望に対する対応策としても有効です。
まとめ
夕暮れ症候群は、認知症の方に多く見られる、夕方から夜にかけて症状が悪化する一連の行動・心理症状です。不安、混乱、落ち着きのなさ、興奮、攻撃的な言動、帰宅願望、幻覚、妄想、夜間不眠など、様々な形で現れます。
原因は、生体リズムの乱れ、日中の疲労や刺激、周囲の環境変化、心理的な要因、認知機能の低下、薬の影響などが複合的に絡み合っていると考えられています。症状が現れる具体的な時間帯や強さは、認知症の進行度や個人の特性によって異なります。
夕暮れ症候群への対応としては、まずご家庭でできる非薬物療法が中心となります。部屋を明るくするなど環境を整えたり、適度な活動を取り入れて規則正しい生活を送るようにしたり、そして何よりも、本人の訴えや感情を否定せず、優しく寄り添うコミュニケーションを心がけることが大切です。
しかし、ご家庭での対応に限界を感じたり、症状が重く本人や介護者の負担が大きい場合は、一人で悩まず、かかりつけ医や認知症専門医、精神科医、ケアマネジャー、地域包括支援センターなどの専門家や支援機関に相談しましょう。必要に応じて、薬物療法や介護サービスの利用も検討することで、本人も介護者も、より穏やかな時間を過ごせるようになります。
夕暮れ症候群は介護者にとって非常に大変な症状ですが、症状の背景にある本人の不安や混乱を理解し、適切な対応をすることで、症状を和らげることが可能です。決して一人で抱え込まず、周囲のサポートを得ながら向き合っていくことが大切です。
免責事項: 本記事は一般的な情報提供を目的としており、医学的診断や治療を代替するものではありません。夕暮れ症候群や認知症、その他の疾患が疑われる場合は、必ず医療機関を受診し、専門医の診断と指示を仰いでください。本記事の情報に基づいて行われたいかなる行為についても、当方は一切責任を負いかねます。