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多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とは?症状・原因・治療・妊娠の可能性

生理不順や体の変化に「もしかして何か病気かも?」と不安を感じている方、あるいはすでに多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と診断され、病気についてもっと詳しく知りたい、今後のことが心配という方もいらっしゃるかもしれません。
多嚢胞性卵巣症候群は、比較的多くの女性に見られる疾患ですが、その症状や治療法、妊娠への影響などは複雑で、正しい情報を得ることは非常に重要です。
この記事では、多嚢胞性卵巣症候群の症状、原因、診断方法から、最新の治療法、妊娠との関連、そして日常生活でできる改善策まで、医師監修のもと、分かりやすく徹底的に解説します。
この記事を通して、PCOSに対する理解を深め、ご自身の体と向き合うための一歩を踏み出すお手伝いができれば幸いです。

目次

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とは?その概要と特徴

多嚢胞性卵巣症候群(Polycystic Ovary Syndrome; PCOS)は、生殖年齢の女性に比較的多く見られる内分泌疾患です。
卵巣に多数の小さな嚢胞(液体が溜まった袋)ができること、排卵が起こりにくいこと、そして男性ホルモンが増加することが特徴です。
この病気は、様々な症状を引き起こし、女性の健康状態や生活の質に影響を与える可能性があります。

多嚢胞性卵巣症候群の定義

多嚢胞性卵巣症候群は、以下の3つの特徴のうち、2つ以上を満たす場合に診断されます。

  • 月経異常: 生理不順、無月経、希発月経(生理周期が39日以上、または年に8回未満)などが認められる。
  • 男性ホルモン過剰の症状または血液中の男性ホルモン値の上昇: 体毛が濃くなる(多毛)、ニキビが増える、声が低くなる、頭部の脱毛などが見られるか、血液検査で男性ホルモンの値が高い。
  • 多嚢胞性卵巣(PCO): 超音波検査で、卵巣の中に直径2~9mmの小さな卵胞が多数(通常10個以上)連なっている様子が確認される。

これらの基準は、日本産科婦人科学会によって定められており、診断にはこれらの特徴を総合的に評価する必要があります。

多嚢胞性卵巣症候群の主な症状

PCOSの症状は患者さんによって様々で、全ての症状が揃うわけではありません。
また、症状の程度も異なります。
主な症状としては以下のものがあります。

生理周期の異常(生理不順、無月経など)

PCOSで最もよく見られる症状の一つが、生理周期の異常です。
通常、毎月規則的に排卵が起こり、生理が来ますが、PCOSでは排卵がうまくいかず(排卵障害)、生理周期が長くなったり(希発月経)、生理が全く来なくなったり(無月経)することがあります。
これは、ホルモンバランスの乱れ、特に男性ホルモンが増加することなどが原因で、脳から卵巣への排卵を促す指令がうまく伝わらないために起こります。
生理不順が長期間続くと、妊娠を希望する際に問題となるだけでなく、子宮体がんのリスクを高める可能性も指摘されています。

多毛・ニキビなどの男性ホルモン過剰症状

男性ホルモンが増加すると、通常男性に見られるような特徴が女性の体にも現れることがあります。
例えば、顔、胸、背中、お腹、腕、足などに体毛が増える(多毛)症状が見られます。
また、皮脂の分泌が増加し、頑固なニキビができやすくなることもあります。
これらの症状は、外見にも影響し、精神的な負担となることがあります。
稀に、声が低くなったり、頭部の毛が薄くなったり(男性型脱毛)することもあります。

肥満

多嚢胞性卵巣症候群の患者さんには肥満が多い傾向があります。
特に、お腹周りに脂肪がつく「内臓脂肪型肥満」が多いことが特徴です。
これは、PCOSの背景にインスリン抵抗性(インスリンというホルモンが十分に効きにくくなる状態)があることが多く、これが体重増加や脂肪の蓄積を招きやすいためと考えられています。
ただし、PCOSは肥満の方だけでなく、痩せ型の方にも見られる疾患であり、肥満がPCOSの必須条件ではありません。
しかし、肥満がある場合は、PCOSの症状を悪化させたり、後述する糖尿病などの合併症のリスクを高めたりする可能性があります。

多嚢胞性卵巣症候群の診断基準と検査

多嚢胞性卵巣症候群の診断は、問診、身体診察、超音波検査、ホルモン検査などを組み合わせて総合的に行われます。
ご自身の症状について医師に詳しく伝えることが、正確な診断につながります。

多嚢胞性卵巣の超音波所見

診断において重要な手がかりとなるのが、経腟超音波(エコー)検査です。
この検査で卵巣の内部を観察し、「多嚢胞性卵巣(PCO)」の特徴があるかを確認します。
多嚢胞性卵巣とは、卵巣の表面近くに直径2~9mmの小さな卵胞(卵子が入った袋)が多数(片側の卵巣で10個以上)リング状に並んでいる様子が見られる状態を指します。
これは、排卵に至らずに途中で成長が止まってしまった卵胞が多数溜まっているために起こります。
超音波検査は、PCOSの診断基準の一つであり、病気を強く疑う所見となります。
ただし、多嚢胞性卵巣の所見が見られるだけで、他の症状やホルモン異常がない場合は、PCOSとは診断されないこともあります。

ホルモン検査(LH、FSH、男性ホルモンなど)

血液検査によるホルモン測定も、PCOSの診断に欠かせません。
特に、以下のホルモン値を測定することが多いです。

  • LH(黄体形成ホルモン)とFSH(卵胞刺激ホルモン): 脳の下垂体から分泌され、卵巣に排卵を促すホルモンです。
    PCOSでは、LHの値が高く、FSHとの比率(LH/FSH比)が異常に高くなる傾向が見られます。
    これは、排卵のメカニズムがうまく機能していないことを示唆します。
  • 男性ホルモン(テストステロンなど): PCOSでは、卵巣や副腎から分泌される男性ホルモンの値が高くなることが多く、これが多毛やニキビなどの症状の原因となります。
    血液中の男性ホルモン値が高いことは、PCOSの診断基準の一つとなります。
  • プロラクチン: 乳汁分泌に関わるホルモンですが、高値の場合に生理不順を起こすことがあります。
    PCOSと紛らわしい症状を示すことがあるため、鑑別のために測定することがあります。
  • インスリン: インスリン抵抗性の有無を確認するために、血糖値やインスリン値を測定することもあります。
    OGTT(経口ブドウ糖負荷試験)を行い、食後の血糖値やインスリン値の上がり方を見ることで、インスリン抵抗性の程度を評価します。

これらのホルモン検査の結果と、問診で得られた症状、超音波検査の結果を総合的に判断して、PCOSと診断されます。
診断基準を満たしていても、症状の程度や将来の妊娠希望の有無などによって、治療方針は異なります。

診断に至るまでの流れ

一般的に、PCOSの診断は以下の流れで進められます。

  • 問診: 生理周期(初経年齢、周期、期間、量、最終月経日など)、体の変化(多毛、ニキビ、体重の変化など)、既往歴、家族歴、内服薬などを詳しく聞き取ります。
  • 身体診察: 体格(身長、体重、BMI、ウエスト周囲径など)、体毛の分布、ニキビの有無などを確認します。
  • 超音波検査: 経腟超音波検査で卵巣の形態を確認し、多嚢胞性卵巣の所見があるかを見ます。
  • ホルモン検査: 採血を行い、LH、FSH、男性ホルモン、プロラクチンなどのホルモン値を測定します。
    必要に応じてインスリンや血糖値なども測定します。
  • 他の病気の除外: 生理不順や男性ホルモン過剰の症状は、他の病気(甲状腺疾患、高プロラクチン血症、副腎疾患など)でも起こることがあります。
    これらの病気ではないことを確認するために、追加の検査を行うこともあります。

これらの結果が出揃った後、総合的に判断して多嚢胞性卵巣症候群と診断されます。

多嚢胞性卵巣症候群の原因は?痩せ型やストレスとの関連

多嚢胞性卵巣症候群の正確な原因はまだ完全に解明されていませんが、いくつかの要因が複雑に関係していると考えられています。
遺伝的な素因に加えて、生活習慣や環境要因などが影響している可能性が指摘されています。

考えられる原因(インスリン抵抗性など)

PCOSの原因として最も有力視されているのは、インスリン抵抗性です。
インスリンは血糖値を下げるホルモンですが、インスリン抵抗性とは、インスリンが体内でうまく働かない状態を指します。
インスリン抵抗性があると、血糖値を正常に保つために膵臓はより多くのインスリンを分泌します。
高くなったインスリン値が卵巣に作用し、男性ホルモンの産生を刺激することが、PCOSの特徴である男性ホルモン過剰を引き起こすと考えられています。
また、インスリン抵抗性は肥満、特に内臓脂肪型肥満と関連が深く、肥満がPCOSの症状を悪化させる一因となります。

その他にも、PCOSの原因として以下のようなものが考えられています。

  • 視床下部-下垂体-卵巣系の異常: 脳の視床下部や下垂体から分泌されるホルモンが、卵巣に正常な排卵を促す信号を送ることができず、ホルモンバランスが崩れることが指摘されています。
    特に、LHの過剰な分泌が卵巣からの男性ホルモン産生を刺激すると考えられています。
  • 遺伝的要因: PCOSは、母親や姉妹にPCOSの方がいる場合に発症しやすいことがわかっています。
    複数の遺伝子が複雑に関与していると考えられていますが、特定の原因遺伝子はまだ特定されていません。
  • 慢性的な炎症: 体内の慢性的な炎症が、インスリン抵抗性を悪化させたり、ホルモンバランスを乱したりする可能性が研究されています。

これらの要因が単独で、あるいは複合的に関与し、PCOSが発症すると考えられています。

痩せ型の方にも見られる多嚢胞性卵巣症候群

「PCOSは太っている人がかかる病気」と思われがちですが、実際には痩せ型の方にもPCOSは起こります
痩せ型PCOSの場合、インスリン抵抗性が比較的軽度であるか、肥満以外の原因(例えば、視床下部-下垂体-卵巣系の異常など)がより強く関与している可能性があります。
痩せ型PCOSの方でも、生理不順や男性ホルモン過剰症状、多嚢胞性卵巣といったPCOSの診断基準を満たします。
痩せ型だからと自己判断せずに、生理不順などの症状がある場合は、専門医を受診することが大切です。
痩せ型PCOSの場合も、放置すると不妊や将来的な健康リスクにつながる可能性があります。

ストレスが多嚢胞性卵巣症候群に与える影響

直接的にストレスがPCOSの原因となるわけではありませんが、ストレスはPCOSの症状を悪化させる可能性があります
過度なストレスは、脳の視床下部や下垂体に影響を与え、ホルモンバランスをさらに乱すことがあります。
これにより、生理不順が悪化したり、男性ホルモン過剰の症状が強まったりすることが考えられます。
また、ストレスは睡眠の質を低下させたり、食生活が乱れたり、運動不足になったりといった不健康な生活習慣につながりやすく、これらがPCOSの症状やインスリン抵抗性を悪化させる悪循環を生むこともあります。
PCOSの管理においては、ストレスを適切に管理することも重要な要素となります。

多嚢胞性卵巣症候群を放置した場合のリスク

「生理が不規則なだけ」「ニキビが多いのは体質かな」などと自己判断して、多嚢胞性卵巣症候群を放置してしまうと、将来的に様々な健康上のリスクを高める可能性があります。
特に、長期的な無排卵状態やインスリン抵抗性に関連するリスクが重要です。

糖尿病などの生活習慣病リスク

PCOSの患者さん、特に肥満やインスリン抵抗性がある方では、将来的に2型糖尿病を発症するリスクが高いことが知られています。
インスリン抵抗性が持続することで、血糖値を下げるために大量のインスリンが必要となり、やがて膵臓が疲弊してインスリンの分泌が不足し、血糖値が高くなるためです。
また、糖尿病だけでなく、脂質異常症(高脂血症)高血圧といった他の生活習慣病を発症するリスクも高まります。
これらの生活習慣病は、将来的に心血管疾患(心筋梗塞や脳卒中など)のリスクを高めることにつながります。
さらに、PCOS患者さんには睡眠時無呼吸症候群の合併も多いことが報告されています。

子宮体がんリスク

PCOSによる長期的な無排卵状態では、卵巣から分泌される黄体ホルモン(プロゲステロン)が不足し、卵胞ホルモン(エストロゲン)だけが子宮内膜に作用し続ける状態になります。
エストロゲンは子宮内膜を増殖させる働きがありますが、通常は黄体ホルモンが分泌されることで子宮内膜は剥がれ落ち、生理として排出されます。
黄体ホルモンがない状態でエストロゲン刺激が続くと、子宮内膜が異常に増殖し、子宮体がん(子宮内膜がん)を発症するリスクが高まります。
特に、年間に数回しか生理が来ない、あるいは全く生理が来ないという状態が続く場合は注意が必要です。
定期的に生理を起こさせる治療を行うことで、このリスクを減らすことができます。

このように、多嚢胞性卵巣症候群は単なる生理不順や美容の問題にとどまらず、将来的な重大な疾患につながる可能性があるため、適切な診断と管理が重要です。

多嚢胞性卵巣症候群の治療法と改善策

多嚢胞性卵巣症候群の治療は、患者さんの年齢、症状、そして最も重要な「将来的に妊娠を希望するかどうか」によって大きく異なります。
PCOSは現時点では「完治」が難しい病気ですが、適切な治療や生活習慣の改善によって症状をコントロールし、将来のリスクを軽減することは可能です。

治療の基本的な考え方(妊娠希望の有無など)

PCOSの治療目標は、個々の患者さんの状況に合わせて設定されます。
主な目標は以下の通りです。

  • 妊娠を希望する場合: 排卵を誘発し、妊娠を可能にすること。
  • 妊娠を希望しない場合:
    • 生理周期を整え、子宮体がんのリスクを減らすこと。
    • 男性ホルモン過剰による症状(多毛、ニキビなど)を改善すること。
    • インスリン抵抗性や生活習慣病のリスクを管理すること。

これらの目標に基づき、薬物療法と生活習慣の改善が組み合わせて行われます。

主な薬物療法

PCOSの治療には、様々な種類の薬剤が用いられます。

排卵誘発剤

妊娠を希望するPCOS患者さんにとって、最も一般的な治療法の一つが排卵誘発です。
排卵誘発剤にはいくつかの種類があります。

  • クロミフェン(クロミッドなど): 内服薬で、脳の下垂体に働きかけてFSHやLHの分泌を促し、卵胞の発育を刺激します。
    比較的副作用が少なく、多くのPCOS患者さんの第一選択薬となります。
  • レトロゾール(フェマーラなど): もともとは乳がんの治療薬ですが、PCOSの排卵誘発にも有効性が高いことがわかっており、現在では第一選択薬の一つとして広く使われています。
    クロミフェンよりも多胎妊娠のリスクが低いとされています。
  • ゴナドトロピン製剤(FSH製剤、hMG製剤など): 注射薬で、卵巣に直接作用して卵胞の発育を強く促します。
    内服薬で効果が得られない場合や、より確実に排卵させたい場合に用いられます。
    ただし、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)や多胎妊娠のリスクが高まるため、慎重な管理が必要です。
  • GnRHアゴニスト: 点鼻薬または注射薬で、一時的に下垂体からのホルモン分泌を抑制した後、反跳効果で排卵を促す方法(GnRHアゴニスト療法)や、体外受精の際に排卵をコントロールするために使用されることがあります。

これらの排卵誘発剤は、超音波検査で卵胞の発育状況を確認しながら慎重に用いられます。

ホルモン療法(低用量ピルなど)

妊娠を希望しないPCOS患者さんや、排卵誘発の準備期間などには、ホルモン療法が用いられます。

  • 低用量ピル(OC/LEP製剤): 最も広く用いられる治療法です。
    低用量ピルを服用することで、女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)を補充し、脳からのホルモン分泌を抑制することで排卵を止め、生理周期を規則的にします。
    これにより、子宮内膜が異常に増殖するのを防ぎ、子宮体がんのリスクを低減できます。
    また、ピルに含まれる女性ホルモンが男性ホルモンの働きを抑える効果もあるため、多毛やニキビといった男性ホルモン過剰症状の改善も期待できます。
  • 黄体ホルモン製剤: 黄体ホルモンのみを一定期間内服することで、子宮内膜を剥がれやすくし、生理を起こさせる治療です。
    無月経が続いている場合に、定期的に子宮内膜をリセットする目的で用いられます。
    低用量ピルのように男性ホルモン過剰症状を改善する効果はありません。

メトホルミン(耐糖能異常がある場合)

メトホルミンは、もともと2型糖尿病の治療薬として使われていますが、PCOS患者さんのインスリン抵抗性を改善する効果があるため、治療に用いられることがあります。
特に、肥満があり、OGTTで耐糖能異常(糖尿病予備軍の状態)が見られるPCOS患者さんに有効性が期待されます。
メトホルミンはインスリンの効きを良くすることで、血糖値を下げるだけでなく、卵巣での男性ホルモン産生を抑えたり、排卵を促したりする効果も報告されています。
妊娠を希望する方、しない方、どちらにも用いられることがあります。
副作用として、胃腸症状(吐き気、下痢など)が出ることがありますが、少量から開始し、徐々に増量することで軽減されることが多いです。

これらの薬物療法は、医師の診断に基づき、個々の状態に合わせて選択・調整されます。
自己判断での服用は避け、必ず医師の指示に従ってください。

多嚢胞性卵巣症候群は「治る」病気なのか?根本治療について

残念ながら、現在の医療では多嚢胞性卵巣症候群を「根本的に治す」治療法は確立されていません。
PCOSは、体質的な要因や複数の原因が複合的に絡み合って起こる病気であり、一度診断されると、多くの場合、生涯にわたって付き合っていく必要があります。

しかし、これは悲観することではありません。
PCOSは、適切な治療と管理によって症状をコントロールし、妊娠の可能性を高め、将来的な健康リスクを最小限に抑えることができる病気です。

治療の目標は、乱れたホルモンバランスを整え、生理周期を規則的にし、排卵を回復させ、男性ホルモン過剰症状を改善することです。
これにより、患者さんは健康な生活を送り、将来の妊娠や出産を計画することが可能になります。
また、インスリン抵抗性やそれに伴う生活習慣病のリスクを管理することで、将来の健康寿命を延ばすことにもつながります。

「根本治療がない」というのは、病気そのものが体から消えるという意味での完治がないということですが、症状をコントロールし、健康な状態を維持するための治療法は存在します。
診断を受けた場合は、病気と向き合い、根気強く治療と生活習慣の改善に取り組んでいく姿勢が大切です。

日常生活での改善策

多嚢胞性卵巣症候群の治療において、薬物療法と同様に、あるいはそれ以上に重要となるのが、日常生活での改善策です。
特に、インスリン抵抗性や肥満に関連する症状には、生活習慣の見直しが大きな効果を発揮します。

体重管理・減量(痩せたら治る?)

肥満を伴うPCOS患者さんにとって、体重管理と減量は非常に効果的な改善策です。
たとえわずかな体重の減少(現在の体重の5~10%程度)でも、インスリン抵抗性が改善し、ホルモンバランスが整い、自然に排卵が再開することがあります。

しかし、「痩せたらPCOSが治る」というわけではありません。
減量によって症状が劇的に改善し、診断基準を満たさなくなる方もいらっしゃいますが、PCOSの体質そのものがなくなるわけではありません。
体重が戻ると再び症状が現れる可能性もあります。
また、前述の通り、痩せ型の方にもPCOSは起こりますので、痩せているからといって安心はできません。

重要なのは、適正体重を維持し、健康的な体を目指すことです。
ご自身の身長に基づいた標準体重(BMI 22)を目安に、無理のない範囲で目標体重を設定し、継続可能な方法で減量に取り組むことが大切です。
急激なダイエットはリバウンドしやすく、かえって体に負担をかける可能性があります。

多嚢胞性卵巣症候群の改善に繋がる食事(食べ物)

PCOSの改善には、血糖値の急激な上昇を抑えるような食事が推奨されます。
これは、インスリン抵抗性を改善し、ホルモンバランスを整えるためです。
具体的には、以下のような点を意識しましょう。

  • 低GI食品を選ぶ: GI値(グリセミックインデックス)とは、食品が血糖値をどのくらい上昇させるかを示す指標です。
    白米、白いパン、麺類、砂糖が多く含まれるお菓子やジュースなどはGI値が高く、血糖値を急激に上げやすいです。
    玄米、全粒粉パン、蕎麦、野菜、きのこ、海藻、豆類などはGI値が低く、血糖値の上昇が緩やかです。
    主食を白米から玄米や雑穀米に変える、パンは全粒粉を選ぶ、野菜やきのこを食事の最初に食べる(ベジファースト)といった工夫が有効です。
  • バランスの取れた食事: 炭水化物、タンパク質、脂質をバランス良く摂取することが重要です。
    極端な糖質制限や脂質制限は避けましょう。
  • 食物繊維を豊富に: 食物繊維は血糖値の上昇を緩やかにし、満腹感を持続させる効果があります。
    野菜、果物、海藻、きのこ、豆類などを積極的に摂りましょう。
  • 良質な脂質: オリーブオイル、魚油(DHA・EPA)、ナッツなどに含まれる不飽和脂肪酸は、インスリン感受性を改善する効果が期待されます。
    揚げ物やファストフードなどに含まれる飽和脂肪酸やトランス脂肪酸は控えめにしましょう。
  • 食事のリズム: 規則正しく3食を摂り、間食は控えるか、果物やナッツなど血糖値が上がりにくいものを選びましょう。

特定の「この食べ物を食べればPCOSが治る」という魔法のような食品はありませんが、健康的な食習慣を継続することで、PCOSの症状改善やリスク軽減につながります。

適度な運動

定期的な運動も、インスリン抵抗性を改善し、体重管理に役立つ重要な生活習慣です。
特に、筋肉を増やす筋力トレーニングと、心肺機能を高める有酸素運動を組み合わせることが推奨されます。

  • 筋力トレーニング: 筋肉は体内で最も多くの糖を消費する組織です。
    筋力が増えることで、インスリンの効きが良くなり、血糖値のコントロールが改善されます。
    スクワット、腕立て伏せ、腹筋など、自分の体重を使った自重トレーニングや、軽いダンベルなどを使ったトレーニングを週2~3回行うのがおすすめです。
  • 有酸素運動: ウォーキング、ジョギング、水泳、サイクリングなど、少し息が弾む程度の運動を1回30分以上、週3回以上行うのが理想です。
    有酸素運動は脂肪燃焼効果が高く、体重減少や心肺機能の向上に役立ちます。

日常生活の中で体を動かす機会を増やす(階段を使う、一駅分歩くなど)ことも効果的です。
運動を習慣にするためには、無理なく楽しめるものを選び、継続することが最も大切です。

気をつけるべき生活習慣

食事や運動以外にも、PCOSの管理において気をつけるべき生活習慣があります。

  • 十分な睡眠: 睡眠不足はホルモンバランスを乱し、インスリン抵抗性を悪化させる可能性があります。
    質の良い睡眠を確保しましょう。
  • ストレス管理: 前述の通り、ストレスはPCOSの症状を悪化させる要因となりえます。
    リラクゼーションを取り入れたり、趣味を楽しんだり、相談できる相手を見つけたりして、ストレスを溜め込まない工夫が必要です。
  • 禁煙: 喫煙は血管を収縮させ、血行を悪くするだけでなく、男性ホルモンを増やしたり、インスリン抵抗性を悪化させたりする可能性があります。
    PCOS患者さんにとって、喫煙は避けるべきです。
  • 飲酒: 過度なアルコール摂取はホルモンバランスに影響を与える可能性があります。
    適量を心がけましょう。

これらの生活習慣の改善は、薬物療法と並行して行うことで、より高い治療効果が期待できます。
継続することが重要ですので、無理なくできる範囲から取り組んでみましょう。

多嚢胞性卵巣症候群と妊娠

多嚢胞性卵巣症候群は、排卵障害を伴うことが多いため、不妊の原因となる病気の一つです。
しかし、PCOSと診断されたからといって、必ずしも妊娠できないわけではありません。
適切な治療によって、妊娠することは十分に可能です。

自然妊娠の可能性

多嚢胞性卵巣症候群でも、全く排卵しないわけではなく、稀に自然に排卵が起こることもあります。
そのため、全く妊娠の可能性がないわけではありません。
特に、生理周期が比較的短く、時々でも排卵の兆候が見られる方や、生活習慣の改善(特に減量)によって排卵が回復した方などは、自然妊娠の可能性もゼロではありません。

しかし、PCOSの多くの患者さんでは、排卵が不規則であったり、全く排卵しなかったりするため、自然妊娠の確率は低いと言わざるを得ません。
妊娠を強く希望する場合は、早期に医療機関を受診し、適切な不妊治療を開始することが推奨されます。

不妊治療の選択肢

PCOSによる不妊に対しては、患者さんの状態や希望に応じて、いくつかの不妊治療の選択肢があります。

排卵誘発

最も一般的な不妊治療は、排卵誘発剤を用いた治療です。
前述の「主な薬物療法」の項目で解説した排卵誘発剤(クロミフェン、レトロゾール、ゴナドトロピン製剤など)を用いて、卵巣に排卵を促します。

  • 内服薬による排卵誘発+タイミング法または人工授精: まずは、内服薬(クロミフェンやレトロゾール)を用いて排卵を誘発し、超音波検査で卵胞の発育を確認しながら、排卵日を予測して性交渉のタイミングをとる「タイミング法」を行うのが一般的です。
    内服薬で排卵が起きても妊娠しない場合や、男性側の原因もある場合は、人工授精(AIH)に進むこともあります。
    人工授精は、排卵に合わせて精子を子宮内に注入する方法です。
  • 注射薬による排卵誘発+タイミング法または人工授精: 内服薬で効果が得られない場合や、より確実な排卵を目指す場合は、ゴナドトロピン製剤などの注射薬を用いた排卵誘発を行います。
    注射薬は効果が強い反面、卵巣過剰刺激症候群や多胎妊娠のリスクが高まるため、より厳密な管理(頻繁な超音波検査やホルモン検査)が必要です。
    注射薬でも、タイミング法や人工授精を組み合わせて行います。

体外受精

排卵誘発や人工授精で妊娠に至らない場合や、卵管に問題がある場合、男性不妊が重度な場合などには、体外受精(IVF)が検討されます。
体外受精は、卵巣から卵子を採取し、体外で精子と受精させて受精卵(胚)を作り、それを子宮に戻す治療法です。

PCOS患者さんの体外受精では、多数の卵胞が育ちやすいという特徴を活かし、一度に多くの卵子を採取できる可能性があります。
しかし、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクも高いため、慎重な卵巣刺激法の選択が必要です。
最近では、OHSSのリスクを低減しながら効率的に卵子を採取できる方法(GnRHアンタゴニスト法など)や、採卵した周期に胚移植を行わず、全ての胚を凍結して次周期以降に移植する「全胚凍結」が選択されることも増えています。

多嚢胞性卵巣症候群による不妊治療は、個々の病状や年齢、既往歴などを考慮して、最適な方法が選択されます。
根気強く治療に取り組むことが大切です。

妊娠中のリスクと注意点

多嚢胞性卵巣症候群の患者さんが妊娠した場合、PCOSではない女性と比較して、いくつかの合併症を起こすリスクがやや高くなることが知られています。

  • 妊娠高血圧症候群: 妊娠中期以降に高血圧が現れる病気です。
    PCOS患者さんは、妊娠高血圧症候群になるリスクが高いことが報告されています。
  • 妊娠糖尿病: 妊娠中に初めて診断される糖尿病です。
    PCOS患者さんは、インスリン抵抗性があることが多いため、妊娠糖尿病になるリスクが高いです。
    妊娠糖尿病は、赤ちゃんの発育や母体の健康に影響を与える可能性があるため、厳重な血糖管理が必要です。
  • 早産: 妊娠37週未満での出産となるリスクがやや高まる可能性があります。
  • 帝王切開: 妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などの合併症により、帝王切開となる確率が高くなる傾向があります。

これらのリスクは必ずしも全てのPCOS患者さんに起こるわけではありませんが、妊娠中は定期的な健診をしっかりと受け、医師の指示に従って血糖値や血圧の管理に注意することが大切です。
妊娠前から体重をコントロールしたり、健康的な生活習慣を心がけることも、妊娠中のリスクを減らすために有効です。

多嚢胞性卵巣症候群と障害児の確率に関する情報

「多嚢胞性卵巣症候群だと、生まれてくる赤ちゃんに障害がある確率が高くなるのではないか」と不安に思われる方もいらっしゃるかもしれません。

現在のところ、多嚢胞性卵巣症候群であること自体が、生まれてくる赤ちゃんに特定の先天異常や発達障害が生じる確率を直接的かつ有意に高めるという確固たるエビデンスは確立されていません。

ただし、PCOSの患者さんによく見られる合併症、例えば妊娠糖尿病や肥満などが、妊娠中の合併症や新生児の健康に影響を与える可能性はあります。
例えば、妊娠糖尿病は、赤ちゃんが大きくなりすぎたり(巨大児)、出生後に低血糖になったり、黄疸が出やすくなったりといったリスクと関連することが知られています。

重要なのは、妊娠前からPCOSの状態を良好に管理し、妊娠中も定期的な妊婦健診を受け、合併症のリスクを最小限に抑えるように努めることです。
妊娠中の体重管理、適切な血糖管理、バランスの取れた食事などが、赤ちゃんの健やかな成長と出産のために非常に大切になります。

もしご心配な点があれば、担当の医師に率直に相談し、適切なアドバイスを受けるようにしましょう。

多嚢胞性卵巣症候群について専門医へ相談しましょう

多嚢胞性卵巣症候群は、患者さんによって症状も重症度も異なり、抱える悩みも様々です。
生理不順や男性ホルモン過剰症状といった日々の不調に悩む方もいれば、将来の妊娠について強い不安を感じている方もいらっしゃるでしょう。
また、PCOSはインスリン抵抗性や生活習慣病、子宮体がんといった将来的な健康リスクにも関連するため、長期的な視点での管理が重要です。

もし、ご自身の生理周期が不規則である、ニキビや体毛が増えたなどの症状に気づいた場合、あるいはPCOSと診断されたばかりで病気についてもっと詳しく知りたい、今後の治療や生活について相談したいという場合は、一人で悩まず、必ず婦人科や生殖医療科といった専門医に相談しましょう。

医師は、あなたの現在の状態を詳しく把握し、今後の妊娠希望の有無や、併存する症状、ライフスタイルなどを総合的に考慮した上で、あなたに最適な治療計画を提案してくれます。
生理周期を整えるためのホルモン療法や、妊娠を希望する場合の排卵誘発、インスリン抵抗性に対するメトホルミンなど、様々な選択肢の中から、あなたにとって最も適切な方法を一緒に考えてくれるはずです。

また、食事や運動といった生活習慣の改善についても、専門的なアドバイスを受けることで、より効果的に取り組むことができるでしょう。

多嚢胞性卵巣症候群は、適切な診断と継続的なケアによって、症状をコントロールし、健康的な生活を送ることが十分に可能な病気です。
不安な気持ちを抱え込まず、まずは勇気を出して専門医のドアを叩いてみましょう。
あなたの疑問や不安に耳を傾け、一緒に解決策を見つけてくれるはずです。

PCOSでよくある悩み 専門医に相談できること
生理不順が続く 診断の確定、生理周期を整えるための治療法(ピルなど)の提案、子宮体がんリスクの説明と対策
ニキビや多毛が気になる 男性ホルモン過剰症状の評価、改善のための治療法(ピルなど)の提案
妊娠できるか心配 排卵の状況の評価、妊娠の可能性についての説明、不妊治療(排卵誘発、体外受精など)の選択肢とステップについての説明
診断されたばかりでよく分からない 病気についての詳細な説明、今後の見通し、質問への回答、治療方針の提示
将来の健康リスク(糖尿病など)が怖い インスリン抵抗性の評価、生活習慣病リスクについての説明、予防・管理のためのアドバイス(食事、運動、メトホルミンなど)
痩せ型だけどPCOS? 痩せ型PCOSについての説明、診断の確認、適切な管理方法の提案
日常生活で何をすればいいか分からない 具体的な食事内容や運動方法のアドバイス、ストレス管理の方法、継続するためのヒントなど
どの治療法が良いか分からない 患者さんの希望や状況に応じた最適な治療法の提案、各治療法のメリット・デメリット、費用などについての説明

このように、専門医に相談することで、PCOSに関する様々な悩みや疑問を解消し、前向きに病気と向き合っていくためのサポートを得ることができます。

免責事項

本記事は、多嚢胞性卵巣症候群に関する一般的な情報提供を目的としています。
個々の症状や診断、治療については、必ず医療機関を受診し、医師の指示を受けてください。
本記事の情報に基づいて行われたいかなる行為についても、当方は責任を負いかねます。

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