鉄欠乏性貧血は、体内の鉄分が不足することで起こる貧血の最も一般的なタイプです。
鉄は赤血球中のヘモグロビンを作るために不可欠なミネラルであり、ヘモグロビンは肺から全身に酸素を運ぶ重要な役割を担っています。
鉄が不足すると、十分なヘモグロビンを作れなくなり、結果として全身への酸素供給が滞り、様々な症状が現れます。
この状態が鉄欠乏性貧血です。
貧血と聞くと軽く考えられがちですが、日常生活の質を著しく低下させるだけでなく、場合によっては重篤な疾患のサインであることもあります。
この記事では、鉄欠乏性貧血の原因から特徴的な症状、診断方法、そして適切な治療法や食事による改善策までを詳しく解説します。
貧血の症状に心当たりがある方や、すでに鉄欠乏性貧血と診断された方は、ぜひ適切な対応を知るために参考にしてください。
鉄欠乏性貧血とは?
鉄欠乏性貧血は、文字通り体内に貯蔵されている鉄が減少し、ヘモグロビンの合成が不十分になることで起こる貧血です。
ヘモグロビンは、赤血球の色素成分であり、酸素と結合して全身の組織に酸素を運びます。
鉄は、このヘモグロビン分子の中心に位置し、酸素を捉える役割を担っています。
体が正常に機能するためには、常に一定量の鉄が必要です。
この鉄は、主に食事から摂取され、体内で吸収された後、血液中で運ばれ、骨髄で新しい赤血球(ヘモグロビンを含む)を作るのに使われます。
余った鉄は、主にフェリチンというタンパク質と結合して肝臓などに貯蔵されます。
鉄欠乏性貧血の状態では、食事からの鉄摂取量が不足したり、体外への鉄の喪失が増加したりすることで、体内の貯蔵鉄(フェリチン)がまず枯渇します。
貯蔵鉄がなくなると、次に血液中の鉄(血清鉄)が減少し、最終的にヘモグロビンの合成に必要な鉄が供給されなくなり、ヘモグロビン濃度が低下します。
ヘモグロビン濃度が基準値を下回った状態が貧血ですが、鉄欠乏性貧血では特に、小さくて色の薄い(ヘモグロビン含有量の少ない)赤血球が多く見られるのが特徴です。
鉄欠乏性貧血は、貧血全体の約60〜80%を占めると言われており、特に女性に多く見られます。
これは、月経による定期的な出血が主な原因の一つとなるためです。
鉄欠乏性貧血の原因
鉄欠乏性貧血の最大の原因は、体内の鉄バランスが崩れ、鉄の「摂取量」が「喪失量」や「需要量」を下回ることです。
具体的には、以下のような様々な要因が考えられます。
鉄不足を引き起こす主な原因
鉄不足を引き起こす主な原因は、大きく分けて以下の4つです。
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出血による鉄の喪失:
- 月経(生理): 女性における鉄欠乏性貧血の最も一般的な原因です。
特に月経量が多い(過多月経)場合や、月経期間が長い場合は、毎月の出血で大量の鉄が失われます。
子宮筋腫や子宮内膜症などが過多月経の原因となることもあります。 - 消化管出血: 胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃がん、大腸がん、炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)、痔などからの慢性的な出血が原因となることがあります。
自覚症状がないまま少量の出血が続くことも多く、知らず知らずのうちに鉄が失われて貧血が進行しているケースも少なくありません。
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などの薬剤の使用も胃腸からの出血リスクを高めます。 - その他の出血: 鼻血、血尿、外傷による出血、歯科処置後の出血など、様々な部位からの出血が原因となる可能性があります。
献血も定期的に行うと鉄が失われる要因となり得ます。
- 月経(生理): 女性における鉄欠乏性貧血の最も一般的な原因です。
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食事からの鉄摂取量不足:
- 偏食や極端なダイエット: 肉や魚などの鉄分を多く含む食品を十分に摂取しない食生活や、極端な食事制限を行うダイエットは、鉄不足を招きやすいです。
特に、動物性食品に含まれるヘム鉄は植物性食品に含まれる非ヘム鉄よりも吸収率が良いのですが、菜食主義(ヴィーガンなど)で食事からの鉄摂取を植物性食品のみに頼る場合は、意識的に非ヘム鉄の吸収を高める工夫が必要です。 - 加工食品やインスタント食品中心の食事: 鉄分が豊富な食品を十分に摂らず、加工食品などで済ませる食生活も鉄不足の一因となります。
- 偏食や極端なダイエット: 肉や魚などの鉄分を多く含む食品を十分に摂取しない食生活や、極端な食事制限を行うダイエットは、鉄不足を招きやすいです。
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鉄の吸収不良:
- 胃や小腸の病気: 胃切除後、萎縮性胃炎(ピロリ菌感染など)、セリアック病、炎症性腸疾患など、胃や小腸の機能が低下したり炎症を起こしたりする病気は、食事からの鉄の吸収を妨げます。
- 特定の薬剤: 胃酸を抑える薬(プロトンポンプ阻害薬など)を長期間服用していると、鉄の吸収に必要な胃酸の分泌が抑制され、鉄吸収が悪くなることがあります。
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鉄の需要増加:
- 成長期: 急速な体の成長に伴い、血液量や筋肉量が増加するため、多くの鉄が必要になります。
特に思春期の女子は、成長に加えて月経も始まるため、鉄欠乏性貧血になりやすい時期です。 - 妊娠・授乳期: 妊娠中は、胎児の成長のために母体の血液量が増加し、胎盤や胎児への鉄供給が必要となるため、鉄の需要が大幅に増加します。
授乳期も、母乳を通じて鉄が消費されるため、鉄不足になりやすいです。
- 成長期: 急速な体の成長に伴い、血液量や筋肉量が増加するため、多くの鉄が必要になります。
これらの原因が単独または複数組み合わさることで、体内の鉄が不足し、鉄欠乏性貧血が引き起こされます。
特に女性の場合、月経による鉄の喪失が基本にあり、そこにダイエットや偏食、胃腸の不調などが加わると、さらに貧血のリスクが高まります。
ストレスと鉄欠乏性貧血の関連性
ストレスが鉄欠乏性貧血の直接的な原因となることは稀ですが、間接的に影響を与える可能性はあります。
- 食生活の乱れ: ストレスによって食欲が低下したり、手軽な加工食品などで済ませるようになったりすると、鉄分を含むバランスの取れた食事を摂る機会が減り、鉄不足を招く可能性があります。
- 胃腸機能への影響: 強いストレスは、胃酸の分泌を減少させたり、胃腸の働きを乱したりすることがあります。
これにより、食事から摂取した鉄の吸収が悪くなることが考えられます。 - 睡眠不足や疲労: ストレスによる睡眠不足や慢性的な疲労は、体の回復力を低下させ、貧血による症状(倦怠感など)を悪化させる可能性もあります。
このように、ストレス自体が鉄を減少させるわけではありませんが、ストレスが引き起こす様々な体の不調や生活習慣の変化が、間接的に鉄不足や貧血の症状悪化につながる可能性は否定できません。
鉄欠乏性貧血の症状
鉄欠乏性貧血の症状は、貧血の進行度や個人の感受性によって様々です。
軽度な場合はほとんど自覚症状がないこともありますが、進行すると日常生活に支障をきたすようなつらい症状が現れます。
特徴的な症状リスト
鉄欠乏性貧血に特徴的な症状には以下のようなものがあります。
- 疲労感、倦怠感: 最も一般的で、多くの人が最初に気づく症状です。
体がだるい、疲れやすい、起き上がるのがつらいなど。
十分に休息しても疲れが取れないのが特徴です。 - 息切れ、動悸: 体が酸素不足を補おうとして、心臓が頑張って血液を送り出そうとするため、少し動いただけでも息切れしたり、心臓がドキドキしたりします。
階段を上る、坂道を歩くといった軽い運動でも感じやすくなります。 - めまい、立ちくらみ: 脳への酸素供給が不足するため、めまいや立ちくらみが起こりやすくなります。
特に急に立ち上がったときに感じやすいです。 - 頭痛: 酸素不足による血管の拡張などが原因で、頭痛が起こることがあります。
- 顔色不良、皮膚や粘膜の蒼白: ヘモグロビンは血液の赤色のもとです。
ヘモグロビンが不足すると、顔色が悪くなったり、目の結膜(まぶたの裏側)、舌、歯茎などが白っぽくなったりします。 - 爪の異常: 爪が薄くなったり、割れやすくなったりします。
特に進行した貧血では、爪の中央がへこんでスプーン状になる「スプーンネイル(さじ状爪)」が見られることがあります。 - 舌の痛み、口角炎: 舌がピリピリと痛んだり、表面がツルツルになったり(舌乳頭の萎縮)、口角が切れて炎症を起こしたりすることがあります。
- 嚥下障害(飲み込みにくさ): 喉の粘膜が薄くなることで、食べ物や飲み物が飲み込みにくくなることがあります。
- 異食症: 無性に特定の栄養のないものを食べたくなる症状で、氷や土、紙などを食べたくなることがあります。
特に氷を食べたくなるのが鉄欠乏性貧血に特徴的と言われています(氷食症)。 - 集中力や記憶力の低下: 脳への酸素供給不足は、思考力や集中力にも影響を与えます。
- イライラ、うつ症状: 気分が不安定になり、イライラしやすくなったり、気分の落ち込みを感じたりすることもあります。
- 寒がり: 体温調節機能が低下し、寒さを感じやすくなることがあります。
初期症状と進行
鉄欠乏が始まっても、すぐに貧血症状が現れるわけではありません。
最初は体内の貯蔵鉄(フェリチン)が減少し始めますが、この段階ではまだヘモグロビン値は正常に保たれているため、自覚症状はほとんどありません。
健康診断などで偶然発見されることもあります。
貯蔵鉄がさらに減少し、鉄が不足してくると、ヘモグロビンを作り出す能力が低下し、ヘモグロビン値が基準値を下回り始めます。
この段階で、疲れやすい、だるいといった軽度の症状が現れることがあります。
しかし、これらの症状は他の原因(寝不足、ストレスなど)でも起こるため、貧血と気づかずに見過ごされることが多いです。
貧血がさらに進行すると、全身への酸素供給が不十分になり、息切れ、動悸、めまい、立ちくらみ、顔色不良、爪の異常、異食症など、よりはっきりとした症状が現れてきます。
これらの症状が現れたときには、すでに貧血がかなり進行している可能性があります。
重要なのは、これらの症状は他の病気でも起こりうるため、自己判断せず、気になる症状があれば医療機関を受診して正確な診断を受けることです。
特に、出血が原因である場合は、その出血源となっている病気を早期に発見し治療することが非常に重要です。
鉄欠乏性貧血の診断
鉄欠乏性貧血の診断は、問診、身体診察、そして最も重要な血液検査によって行われます。
症状だけで自己判断するのではなく、必ず医療機関を受診して専門家による診断を受けることが必要です。
診断基準と検査方法
鉄欠乏性貧血の診断には、主に以下のような血液検査項目が用いられます。
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血算(けっさん):
- ヘモグロビン濃度(Hb): 血液中のヘモグロビンの量を測る最も基本的な指標です。
男性で13g/dL未満、女性で12g/dL未満(非妊娠時)が一つの貧血の基準となります。
鉄欠乏性貧血では低下します。 - 赤血球数(RBC): 血液中の赤血球の数です。
貧血が進行すると、赤血球の数も減ることがあります。 - ヘマトクリット値(Ht): 血液中に占める赤血球の体積の割合です。
貧血では低下します。 - MCV(平均赤血球容積): 赤血球1個あたりの平均的な大きさを示す指標です。
鉄欠乏性貧血では、小さく(小球性)なります。 - MCH(平均赤血球ヘモグロビン量): 赤血球1個あたりに含まれるヘモグロビンの量を示す指標です。
鉄欠乏性貧血では、少なくなります。 - MCHC(平均赤血球ヘモグロビン濃度): 赤血球の容積あたりに含まれるヘモグロビンの濃度を示す指標です。
鉄欠乏性貧血では、色が薄く(低色素性)なるため低下します。
鉄欠乏性貧血の典型的なパターンは、「小球性低色素性貧血」と呼ばれ、MCV、MCH、MCHCがいずれも基準値より低くなります。
- ヘモグロビン濃度(Hb): 血液中のヘモグロビンの量を測る最も基本的な指標です。
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鉄関連検査:
- 血清鉄: 血液中に含まれる鉄の量です。
鉄欠乏性貧血では低下します。 - UIBC(不飽和鉄結合能): 血液中のタンパク質(トランスフェリン)がまだ鉄と結合できる余力です。
鉄が不足していると、鉄と結合しようとする力が強くなるため、UIBCは上昇します。 - TIBC(総鉄結合能): 血清鉄とUIBCを合わせたもので、血液中のタンパク質(トランスフェリン)がどれだけ鉄と結合できるかの総量を示します。
鉄欠乏性貧血では、UIBCの上昇に伴いTIBCも上昇することが多いです。 - フェリチン: 体内に貯蔵されている鉄の量を反映する指標です。
鉄欠乏性貧血では、まず貯蔵鉄が枯渇するため、フェリチン値が著しく低下します。
特に、フェリチン値が12μg/L未満であれば、鉄欠乏の可能性が非常に高いと判断されます。
ただし、感染症や炎症、がんなどがあると、鉄が十分にあってもフェリチン値が高くなることがあるため、解釈には注意が必要です。
- 血清鉄: 血液中に含まれる鉄の量です。
これらの検査結果を総合的に判断し、鉄欠乏性貧血と診断されます。
特にヘモグロビン値の低下と、MCV、MCH、MCHCの低下、そしてフェリチン値の著しい低下が組み合わさると、鉄欠乏性貧血である可能性が高まります。
診断後は、鉄不足の原因を特定するための検査が必要になることがよくあります。
問診で月経過多が明らかな場合は婦人科的な検査、消化管出血が疑われる場合は便潜血検査や胃カメラ、大腸カメラ(内視鏡検査)などが行われます。
原因を特定し、その原因に対する治療も同時に行うことが、鉄欠乏性貧血を根本的に改善するために不可欠です。
入院が必要となるケース
鉄欠乏性貧血で入院が必要となるのは、以下のような比較的まれなケースです。
- 重度の貧血で緊急に輸血が必要な場合: ヘモグロビン値が著しく低い(例えば、7g/dL未満など)場合で、心不全症状があるなど、全身状態が悪く、急激なヘモグロビン値の改善が必要と判断された場合に輸血が行われることがあり、その際は入院が必要です。
- 原因検索のために内視鏡検査などが必要な場合: 消化管出血など、原因がはっきりせず、緊急性はないものの精密な検査(胃カメラ、大腸カメラなど)を確実に行う必要がある場合に入院して検査を行うことがあります。
- 重篤な合併症がある場合: 貧血が原因で心不全などが悪化している場合など、貧血だけでなく合併症の治療も必要で、入院して全身管理を行う必要がある場合です。
- 鉄剤の内服が極めて困難な場合: 重度の副作用(強い吐き気など)で内服が全くできない場合など、注射による鉄補充(鉄剤静脈注射)を連日または定期的に行う必要があり、外来通院が難しい場合に入院して行うことがあります。
多くの鉄欠乏性貧血は、外来での鉄剤内服治療で十分に改善可能です。
しかし、上記のような場合は、安全かつ迅速な治療、原因の特定・治療のために一時的な入院が必要となることがあります。
鉄欠乏性貧血の治療法
鉄欠乏性貧血の治療の基本は、不足している鉄を体に補充すること、そして鉄不足の原因となっている病気があればその原因を取り除くことです。
鉄剤の内服治療
鉄欠乏性貧血の最も一般的で第一選択となる治療法は、鉄剤を飲み薬(内服薬)として服用することです。
- 種類: 様々な種類の鉄剤(フェロ・グラデュメット、フェルム、テツクール、クエン酸第一鉄Naなど)があり、医師が患者さんの状態や副作用の出方などを考慮して選択します。
- 効果発現: 鉄剤を飲み始めると、通常数日から1週間程度で全身のだるさなどの症状が改善し始めます。
ヘモグロビン値の上昇はもう少し時間がかかり、通常2週間〜1ヶ月程度で確認できるようになります。
貧血が改善してヘモグロビン値が正常に戻るまでには、通常2ヶ月〜数ヶ月かかります。 - 服用方法: 鉄剤は、一般的に1日1〜2回服用します。
吸収を良くするために、空腹時や食間に服用することが推奨されることが多いですが、胃の不快感などの副作用が出やすい場合は、食後に服用することもあります。
オレンジジュースなどのビタミンCを含む飲み物と一緒に服用すると、鉄の吸収が促進されることが知られています。
逆に、お茶やコーヒーに含まれるタンニンは鉄の吸収を妨げる可能性があるため、鉄剤の服用前後30分〜1時間程度は避けた方が良いとされています。 - 副作用: 鉄剤の内服で最も多い副作用は、胃部不快感、吐き気、便秘、下痢、腹痛などの消化器症状です。
便が黒くなることがありますが、これは吸収されなかった鉄の色であり、心配ありません。
これらの副作用が強い場合は、医師に相談すれば、服用量の調整や他の種類の鉄剤への変更、食後服用にするなどの対応が可能です。
副作用で自己判断で服用を中止せず、必ず医師や薬剤師に相談しましょう。
注射による治療
鉄剤の内服ができない場合や、内服による効果が不十分な場合、あるいは緊急で鉄の補充が必要な場合(例えば、近いうちに手術を控えている場合など)には、鉄剤を注射(静脈注射)で投与することがあります。
- 対象となるケース:
- 内服薬の副作用が強く、継続できない場合
- 胃腸からの鉄吸収が著しく障害されている場合(胃切除後、炎症性腸疾患など)
- 急速な鉄の補充が必要な場合(重症貧血、手術前など)
- 内服薬を指示通り服用できない場合
- 種類: 日本では主にフェジン(Fe-III hydroxide-sucrose complex)やフェリック(鉄カルボキシマルトース)といった注射薬が使われます。
- 投与方法: 注射薬の種類によって、少量ずつ毎日または隔日投与する場合と、比較的まとまった量を週1回程度投与する場合があります。
通常、点滴として静脈から投与されます。 - 副作用: 内服薬に比べて消化器症状の副作用は少ないですが、注射部位の痛みや発疹、頭痛、吐き気などが起こることがあります。
ごくまれに、アナフィラキシーなどの重篤なアレルギー反応が起こる可能性もゼロではありませんが、医療機関で適切に管理されていれば対応可能です。
注射による治療は内服よりも迅速に鉄を補充できますが、通院の手間がかかる、内服薬に比べて費用が高くなる可能性がある、アレルギー反応のリスクがある、といったデメリットもあります。
治療期間と注意点
鉄欠乏性貧血の治療期間は、貧血の重症度や原因、治療への反応によって異なりますが、ヘモグロビン値を正常に戻すだけでなく、体内の貯蔵鉄(フェリチン)を十分に補充することが重要です。
- ヘモグロビン値の回復: ヘモグロビン値は通常、治療開始後2ヶ月〜数ヶ月で正常値に戻ります。
- 貯蔵鉄の補充: ヘモグロビン値が正常に戻っても、体内の鉄の「貯金」である貯蔵鉄はまだ十分ではありません。
貯蔵鉄をしっかり蓄えることで、治療を中止した後もすぐに貧血が再発するのを防ぐことができます。
そのため、ヘモグロビン値が正常になった後も、さらに数ヶ月間鉄剤の服用を続けるのが一般的です。
治療期間全体としては、少なくとも半年程度かかることが多いです。
原因となっている出血などがある場合は、その原因を治療しない限り鉄剤を継続する必要がある場合もあります。 - 治療中の注意点:
- 自己判断で中止しない: 症状が改善したり、ヘモグロビン値が正常に戻ったりしても、自己判断で鉄剤の服用を中止しないでください。
貯蔵鉄が十分に補充されていない状態で中止すると、短期間で再び貧血になってしまう可能性が高いです。
必ず医師の指示に従って、最後まで治療を継続しましょう。 - 原因の治療: 貧血の根本的な原因(月経過多、消化管出血など)を特定し、その原因に対する治療を並行して行うことが非常に重要です。
原因を放置したまま鉄剤を飲んでいても、鉄が失われ続け、いずれ再び貧血になってしまいます。 - 定期的な受診: 治療中は、定期的に医療機関を受診し、血液検査でヘモグロビン値やフェリチン値などを確認してもらい、治療の効果や副作用について医師と相談することが大切です。
- 自己判断で中止しない: 症状が改善したり、ヘモグロビン値が正常に戻ったりしても、自己判断で鉄剤の服用を中止しないでください。
サプリメントの位置づけと効果
市販の鉄分サプリメントは、日頃の食事からの鉄摂取が不足しがちな場合に、栄養補助として利用することは可能です。
しかし、鉄欠乏性貧血と診断された場合の治療薬としては、基本的に推奨されません。
- サプリメントと治療薬の違い: 医療機関で処方される鉄剤は、貧血治療薬として、有効性や安全性、品質が厳しく管理されています。
含まれる鉄の量や種類も、貧血を改善するために必要な量が配合されています。
一方、サプリメントは「食品」に分類され、含まれる鉄の量や吸収率、品質管理の基準が医薬品とは異なります。
サプリメントに含まれる鉄の量だけでは、既に鉄が著しく不足している鉄欠乏性貧血を十分に改善できないことが多いです。 - 効果の限界: サプリメントは、あくまで健康維持や軽い鉄不足の予防を目的としたものであり、病気である鉄欠乏性貧血を治すほどの効果は期待できません。
- 過剰摂取のリスク: サプリメントだからといって、安易に大量に摂取すると、鉄の過剰摂取になり、吐き気や便秘、腹痛などの消化器症状を引き起こしたり、長期的には肝臓などに鉄が蓄積して障害を引き起こすリスクもあります。
- 注意点: 鉄欠乏性貧血と診断された場合は、必ず医師の指示に従って処方された鉄剤で治療を行いましょう。
サプリメントの使用を検討する場合は、必ず医師や薬剤師に相談し、現在の治療との兼ね合いや適切な摂取量についてアドバイスを受けてください。
安易なサプリメントの使用は、適切な治療の開始を遅らせたり、原因の特定を遅らせたりする可能性もあります。
鉄欠乏性貧血改善のための食事
鉄欠乏性貧血の治療の主体は鉄剤による補充ですが、日頃の食事も鉄分の摂取源として非常に重要です。
バランスの取れた食事を心がけ、鉄分を効率よく摂取する工夫をすることで、貧血の予防や改善をサポートすることができます。
鉄分を多く含む食品
食品に含まれる鉄には、動物性食品に多い「ヘム鉄」と、植物性食品に多い「非ヘム鉄」の2種類があります。
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ヘム鉄: 肉や魚介類に多く含まれます。
吸収率が比較的高い(約15〜25%)のが特徴です。- 代表的な食品例: 豚レバー、鶏レバー、牛もも肉、マグロ(赤身)、カツオ、アサリ、しじみ など
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非ヘム鉄: 野菜、海藻、豆類、穀類などに含まれます。
吸収率がヘム鉄に比べて低い(約2〜5%)のが特徴です。
しかし、食品の種類が多く、工夫次第で十分な量を摂取することが可能です。- 代表的な食品例: ほうれん草、小松菜、ひじき、切り干し大根、大豆、納豆、豆腐、きな粉、プルーン、ドライマンゴー、卵黄、パン(一部)、シリアル(鉄分強化されたもの) など
ヘム鉄の方が吸収率が良いですが、非ヘム鉄を含む食品も積極的に摂ることが大切です。
特に、非ヘム鉄は次に述べるような工夫で吸収率を高めることができます。
鉄分の吸収を助ける食事の工夫
非ヘム鉄の吸収率は低いですが、一緒に食べる食品によって吸収率を高めることができます。
- ビタミンCと一緒に摂る: ビタミンCは、非ヘム鉄を吸収しやすい形に変える働きがあります。
鉄分を多く含む食品と一緒に、柑橘類(オレンジ、レモン)、いちご、キウイフルーツ、ブロッコリー、パプリカ、じゃがいもなどのビタミンCが豊富な食品を摂りましょう。
例えば、ほうれん草のおひたしにレモン汁をかける、鉄鍋で料理をする際にビタミンCの多い野菜を加えるなどが有効です。 - 動物性タンパク質と一緒に摂る: 肉や魚に含まれる動物性タンパク質には、「ミオグロビン促進因子」と呼ばれる成分が含まれており、非ヘム鉄の吸収を助ける働きがあります。
野菜や豆類に含まれる非ヘム鉄は、肉や魚と一緒に食べると吸収率が高まります。 - 鉄鍋・鉄フライパンを使う: 鉄製の調理器具を使うと、調理中に微量の鉄が溶け出し、料理に含まれる鉄分を増やすことができます。
特に酸性の食品(トマト、酢など)を調理する際に効果的です。 - 時間をかけて食べる: 食事をゆっくり噛んで、時間をかけて食べることで、消化吸収が促進され、鉄の吸収も良くなる可能性があります。
摂取を控えるべきもの
一部の食品や飲み物には、鉄の吸収を阻害する成分が含まれています。
鉄剤を服用している期間や、食事からの鉄吸収を最大限にしたい場合は、これらの摂取を控えるか、鉄分の多い食事や鉄剤の服用と時間をずらすなどの注意が必要です。
- タンニン: お茶(特に緑茶、紅茶、ウーロン茶など)、コーヒーなどに含まれます。
鉄と結合して不溶性の物質を作り、鉄の吸収を妨げます。
鉄分の多い食事や鉄剤の服用前後30分〜1時間程度は、これらの飲み物の摂取を避けるのが望ましいです。
食事中や食後に飲む場合は、食後すぐに飲むよりは少し時間を置いてから飲む方が影響が少ないと考えられます。 - フィチン酸: 穀類(玄米、全粒粉など)、豆類などに含まれます。
ミネラルと結合して吸収を妨げる性質があります。
ただし、発芽や加熱によってフィチン酸は分解されるため、それほど神経質になる必要はありません。 - リン酸: 加工食品、インスタント食品、スナック菓子、清涼飲料水(特にコーラなど)に含まれる食品添加物(リン酸塩)です。
過剰摂取は鉄を含むミネラルの吸収を妨げる可能性があります。 - カルシウム: 牛乳や乳製品、小魚などに豊富に含まれます。
鉄と同時に大量に摂取すると、鉄の吸収を妨げる可能性があると言われています。
しかし、通常の食事で神経質になる必要はなく、バランス良く摂ることが大切です。
鉄剤を服用している場合は、鉄剤と同時に牛乳を飲むのは避けた方が良いでしょう。
食事だけで重度の鉄欠乏性貧血を改善するのは難しいですが、日々の食生活で鉄分の摂取を意識し、吸収を助ける工夫を取り入れることは、貧血の予防や治療効果の維持に繋がります。
鉄欠乏性貧血を放置するとどうなる?
鉄欠乏性貧血を放置すると、体への酸素供給が慢性的に不足し、様々な健康問題を引き起こす可能性があります。
単なる「疲れやすい」で済まされない、より深刻な状況に陥ることもあります。
放置によるリスクと合併症
鉄欠乏性貧血を長期間放置した場合、以下のようなリスクや合併症が生じることがあります。
- 心臓への負担増: 体が酸素不足を補うために、心臓はより速く、より強く拍動して全身に血液を送ろうとします。
この状態が長く続くと、心臓に過剰な負担がかかり、動悸や息切れが悪化したり、場合によっては心拡大や心不全を引き起こしたりする可能性があります。
特に高齢者や元々心臓に疾患がある方では、貧血が心不全を悪化させる重要な要因となり得ます。 - 免疫機能の低下: 鉄は免疫細胞の働きにも関与しています。
鉄が不足すると、免疫機能が低下し、感染症にかかりやすくなったり、治りにくくなったりすることがあります。 - QOL(生活の質)の著しい低下: 慢性的な疲労感、倦怠感、息切れ、めまいなどは、仕事や学業、趣味、社会活動など、日常生活の様々な側面に影響を与え、生活の質を著しく低下させます。
活動的でいられなくなり、精神的な落ち込みにつながることもあります。 - 子供の発達への影響: 小児期に鉄欠乏性貧血を放置すると、運動能力や認知能力の発達に影響を与える可能性があります。
学習能力や注意力、記憶力などが低下することが報告されています。 - 異食症やその他の特異な症状の悪化: 氷食症などの異食症や、スプーンネイル、舌の痛みなどの症状がより顕著になることがあります。
妊娠・授乳への影響
妊娠中や授乳期は、母体自身と胎児または乳児のために多くの鉄が必要となるため、鉄欠乏性貧血になりやすい時期です。
この時期に貧血を放置すると、母体と胎児双方にリスクが生じます。
- 母体への影響: 妊娠中の重度な貧血は、母体の疲労や息切れを悪化させるだけでなく、分娩時の出血に弱くなる、産後の回復が遅れる、産後うつ