子宮を摘出した後に「腟から何かが出てくる感じがする」「腟のあたりが重たい」といった違和感を覚えた場合、それは腟断端脱(ちつだんたんつだつ)かもしれません。腟断端脱は、骨盤臓器脱の一種で、子宮があった場所に位置する腟の先端部分が、本来の位置から下がってしまう状態です。
この症状は、日常生活に不快感や支障をきたすことがあり、悩んでいる方も少なくありません。しかし、適切な知識を持ち、専門医に相談することで、症状の改善や適切な治療につながります。この記事では、腟断端脱の原因、症状、診断方法、そして様々な治療法について、詳しく解説します。もし腟断端脱かもしれないと不安を感じているなら、この記事がその一助となれば幸いです。
腟断端の定義と子宮摘出後の変化
腟断端脱は、子宮全摘術(子宮を全て摘出する手術)を受けた女性に起こりうる骨盤臓器脱の一種です。子宮を摘出すると、腟の奥の袋状になった部分が閉じられ、これが腟断端(ちつだんたん)となります。腟断端は、本来であれば骨盤内の靭帯や筋肉によってしっかりと支えられています。しかし、これらの支持組織が弱くなると、腟断端が骨盤内の正常な位置から下垂し、ひどい場合には腟口から体外に出てきてしまう状態が腟断端脱です。
子宮を失うことで、骨盤内の臓器を支える構造が変化します。子宮は骨盤の中央に位置し、周囲の靭帯や筋肉、筋膜と連携して他の臓器(膀胱、直腸など)を間接的に支える役割も担っています。子宮摘出後、特に広汎子宮全摘出術のような広範囲の剥離を伴う手術では、周囲の支持組織への影響が大きくなる可能性があり、腟断端を支える力が低下しやすくなります。時間が経過するにつれて、残された支持組織の脆弱化が進み、腟断端脱が発生することがあります。
骨盤臓器脱の種類:子宮脱・膀胱瘤・直腸瘤・腟断端脱の違い
骨盤臓器脱は、骨盤底の支持組織が弱くなることによって、骨盤内の臓器が本来の位置から下垂する病気の総称です。これにはいくつかの種類があり、腟断端脱もその一つです。主な骨盤臓器脱には以下のようなものがあります。
- 子宮脱(しきゅうだつ): 子宮が腟の中に下垂し、ひどい場合は腟口から出てくる状態です。子宮がある女性に起こります。
- 膀胱瘤(ぼうこうりゅう): 膀胱を支える腟壁(前腟壁)が弱くなり、膀胱が腟の方に飛び出してくる状態です。膀胱の機能に影響を与えることがあります。
- 直腸瘤(ちょくちょうりゅう): 直腸を支える腟壁(後腟壁)が弱くなり、直腸が腟の方に飛び出してくる状態です。排便機能に影響を与えることがあります。
- 小腸瘤(しょうちょうりゅう): 小腸が腟と直腸の間(または腟と膀胱の間)に入り込み、腟壁を圧迫して下垂する状態です。
- 腟断端脱(ちつだんたんつだつ): 子宮摘出術後に、腟の先端部分が下垂する状態です。子宮摘出術を受けた女性に特有の骨盤臓器脱です。
これらの骨盤臓器脱は、単独で発生することもあれば、複数同時に合併して起こることも少なくありません。例えば、子宮脱がある女性は膀胱瘤や直腸瘤を合併していることが多く、子宮摘出後の女性が腟断端脱を発症した場合、膀胱瘤や直腸瘤を合併している可能性も高くなります。それぞれの臓器脱は、下垂する臓器や部位によって名称が異なりますが、根本的な原因は骨盤底の支持組織の弱さにあるという点は共通しています。
これらの違いを分かりやすくまとめると、以下のようになります。
骨盤臓器脱の種類 | 対象となる臓器/部位 | 主な発生原因 |
---|---|---|
子宮脱 | 子宮 | 妊娠・出産、加齢、骨盤底の脆弱化 |
膀胱瘤 | 膀胱(前腟壁) | 妊娠・出産、加齢、骨盤底の脆弱化 |
直腸瘤 | 直腸(後腟壁) | 妊娠・出産、加齢、骨盤底の脆弱化 |
小腸瘤 | 小腸 | 妊娠・出産、加齢、骨盤底の脆弱化 |
腟断端脱 | 腟の先端(子宮摘出後) | 子宮摘出術、加齢、骨盤底の脆弱化 |
腟断端脱は、子宮摘出という特定の要因が加わる点が、子宮脱とは異なります。また、膀胱瘤や直腸瘤のように特定の臓器が直接腟に飛び出すのではなく、腟そのものの支持が失われて下垂する状態です。
腟断端脱の主な症状
腟断端脱の症状は、脱の程度や合併している他の骨盤臓器脱の有無によって異なります。初期の軽度な段階ではほとんど自覚症状がないこともありますが、進行するにつれて様々な不快な症状が現れてきます。
腟の圧迫感・下垂感などの自覚症状
腟断端脱の最も一般的で特徴的な症状は、腟の圧迫感や下垂感です。「何か下腹部が重たい感じがする」「腟の中にピンポン玉のような、あるいは何か塊のようなものがある感じがする」「座ると腟のあたりが当たるような感じがする」といった表現で訴えられることが多いです。
脱が進行して腟断端が腟口に近づいたり、体外に出てくるようになると、「腟から何かが出てきている」というはっきりとした自覚が生じます。排便時や重い物を持った時、長時間立っている時など、腹圧がかかる状況で症状が強くなる傾向があります。横になって安静にしていると症状が和らぐこともあります。
視覚的に自分の腟から何かが出ていることを確認し、大きなショックを受ける方もいます。この症状は、日常生活における身体的な不快感だけでなく、精神的なストレスにもつながり得ます。
排尿障害・排便障害などの関連症状
腟断端脱は、周囲の臓器である膀胱や直腸の機能にも影響を与えることがあります。これにより、以下のような排尿障害や排便障害を合併することが少なくありません。
排尿障害:
- 頻尿(ひんにょう): 膀胱が圧迫されることによって、尿が十分に溜まっていないのに尿意を感じやすくなることがあります。
- 尿漏れ(にょうもれ): 咳やくしゃみ、重い物を持った時など、腹圧がかかる状況で意図せず尿が漏れてしまう腹圧性尿失禁を伴うことがあります。脱出した腟断端が尿道を圧迫して、逆に尿が出にくくなることで、膀胱に溜まった尿が溢れ出てしまう溢流性尿失禁が起こることもあります。
- 排尿困難(はいにょうこんなん): 脱出した腟断端や合併した膀胱瘤が尿道を圧迫し、尿の勢いが弱くなったり、排尿に時間がかかったり、膀胱に尿が残ってしまう(残尿感)ことがあります。ひどい場合には、手で脱出した部分を押し戻さないと排尿できないこともあります。
- 尿路感染症(にょうろかんせんしょう): 残尿が多い状態が続くと、細菌が増殖しやすく、膀胱炎などの尿路感染症を繰り返すことがあります。
排便障害:
- 便秘(べんぴ): 直腸瘤を合併している場合、便が直腸瘤の部分に溜まりやすくなり、スムーズな排便が困難になることがあります。排便時に脱出感が強くなることもあります。
- 排便困難(はいべんこんなん): 排便しても便がすっきり出ない感じがする、指で腟壁や会陰部(えいんぶ)を圧迫しないと排便できない(用手圧迫)といった症状が見られることがあります。
これらの症状は、腟断端脱そのものだけでなく、骨盤底筋全体の機能低下や、合併している他の骨盤臓器脱によっても引き起こされます。そのため、腟断端脱と診断された場合は、他の臓器脱の合併がないかどうかも含めて評価することが重要です。
腟断端離開・感染・出血などの合併症
腟断端脱が進行し、腟断端が腟口から体外に脱出した状態が続くと、以下のような合併症を引き起こす可能性があります。
- 腟断端部のただれ・潰瘍(かいよう): 下着との摩擦や圧迫、湿気などにより、脱出した腟粘膜が傷つき、ただれたり潰瘍ができたりすることがあります。ただれや潰瘍は痛みを伴うことがあり、日常生活の質を著しく低下させます。
- 出血: ただれや潰瘍から出血することがあります。少量の出血であることも多いですが、感染を伴うと出血量が増えたり、持続したりすることがあります。
- 感染: 腟断端部が常に外部に触れる状態にあるため、細菌感染を起こしやすくなります。感染すると、痛み、腫れ、赤み、膿のような分泌物(おりもの)の増加、悪臭などを伴うことがあります。尿路感染症を合併することも多いです。
- 腟断端離開(ちつだんたんりかい): まれですが、過去に腟式子宮全摘術を受けた場合などに、腟断端を縫合した部分が開いてしまうことがあります。これは、手術部位の治癒不全や感染などが原因で起こることがあります。
これらの合併症は、脱出した状態を放置することでリスクが高まります。ただれや潰瘍は痛みを伴い、感染はさらに症状を悪化させる可能性があります。これらの合併症を防ぐためにも、腟断端脱の症状が現れたら、早期に医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けることが大切です。
腟断端脱の原因とリスク因子
腟断端脱は、様々な要因が複雑に絡み合って発生すると考えられています。主な原因やリスク因子について解説します。
子宮摘出術の種類と術式の影響
腟断端脱は子宮摘出術を受けた女性にのみ起こるため、手術自体が一つのリスク因子となります。子宮摘出術には、開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット支援下手術、腟式手術など様々な術式があります。
特に、腟式子宮全摘術は、腟の中から手術を行うため、骨盤内の支持組織への影響が比較的少ないとされる一方で、腟断端の縫合方法や支持の補強の仕方が、その後の腟断端脱のリスクに関わると考えられています。腹腔鏡手術やロボット支援下手術では、骨盤内の奥にある支持靭帯(仙棘靭帯や仙骨)に腟断端を固定する補強術を同時に行うことがあり、これが術後の腟断端脱の予防に有効であると考えられています。
しかし、どのような術式で子宮を摘出しても、その後の経過の中で腟断端脱が発生する可能性はゼロではありません。手術時の年齢、術前の骨盤底の状態、合併症の有無なども影響します。
加齢・出産などの要因
子宮摘出術を受けたかどうかに関わらず、骨盤臓器脱全般の最も大きなリスク因子とされるのが「加齢」と「出産」です。腟断端脱もこれらの影響を強く受けます。
- 加齢: 年齢を重ねると、骨盤底を構成する筋肉(骨盤底筋)や靭帯、筋膜などの組織が自然に弱くなり、弾力性を失います。これは、コラーゲン量の減少や筋力の低下などが原因です。閉経後の女性は、女性ホルモン(エストロゲン)の分泌が低下することで、これらの組織の萎縮や脆弱化がさらに進みやすくなります。
- 出産: 妊娠中から出産にかけて、骨盤底には大きな負担がかかります。特に、経腟分娩の経験が多い女性、難産であった場合、巨大児の分娩、器械分娩(鉗子分娩や吸引分娩)などは、骨盤底筋や神経に損傷を与える可能性があり、その後の骨盤底機能障害のリスクを高めます。帝王切開で出産した場合でも、妊娠による腹圧の上昇やホルモンバランスの変化が骨盤底に影響を与えるため、全くリスクがないわけではありません。出産経験がない女性でも、加齢や他の要因で骨盤底は弱くなる可能性があります。
これらの加齢や出産による骨盤底の脆弱化が、子宮摘出後の腟断端を支える力の低下につながり、腟断端脱の発生リスクを高めると考えられています。
基礎疾患や生活習慣による影響
加齢や出産といった生理的な要因以外にも、以下のような基礎疾患や生活習慣が腟断端脱のリスクを高める可能性があります。これらは、腹圧が慢性的に上昇する状況を作り出し、弱くなった骨盤底にさらなる負担をかけるためです。
- 慢性的な咳: 喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)など、慢性的に咳が出る病気は、咳をするたびに腹圧が上昇します。
- 慢性的な便秘: 排便時にいきむ習慣がある場合、腹圧が繰り返し骨盤底にかかります。
- 肥満: 体重が増加すると、常に骨盤底に負担がかかります。
- 重労働や立ち仕事: 日常的に重い物を運んだり、長時間立ちっぱなしであったりする仕事も、腹圧の上昇や骨盤底への負担につながります。
- 喫煙: 喫煙は全身の組織の弾力性を低下させるとともに、慢性的な咳の原因にもなり得ます。
- 神経疾患: 脊髄損傷や多発性硬化症など、骨盤底を支配する神経に影響を与える病気は、骨盤底筋の機能を低下させることがあります。
これらのリスク因子を複数持っている場合は、腟断端脱を発症する可能性が高まります。ただし、これらのリスク因子がなくても、子宮摘出術を受けた女性であれば誰にでも腟断端脱が発生する可能性はあります。
腟断端脱の診断方法
腟断端脱の診断は、主に問診と内診によって行われます。必要に応じて画像検査やその他の検査が追加されることもあります。
問診と内診による評価
医療機関を受診すると、まず医師による問診が行われます。いつ頃からどのような症状(腟の圧迫感、下垂感、排尿・排便の悩みなど)があるのか、症状はどのような時に悪化するか、日常生活で困っていることなどを詳しく聞かれます。また、過去の病歴(特に子宮摘出術を受けた時期、術式、その原因)、出産歴、既往症、現在服用中の薬、職業、生活習慣(便秘、咳、重労働など)についても確認されます。これらの情報は、症状の原因やリスク因子を特定する上で非常に重要です。
次に、医師による内診(婦人科診察)が行われます。内診台に上がり、腟や外陰部の状態を視診・触診で確認します。医師は、患者さんに咳をしてもらったり、いきんでもらったり、立った状態で診察したりすることで、腟断端がどの程度下垂しているのか、他の臓器(膀胱、直腸など)の脱を合併していないか、腟壁の状態(ただれ、潰瘍の有無)などを詳細に評価します。
内診は、腟断端脱の診断において最も基本的な、そして重要な検査です。脱の程度を客観的に評価するために、POPQ(Pelvic Organ Prolapse Quantification)システムと呼ばれる国際的な分類システムを用いることもあります。これは、骨盤内の特定のポイントを基準に、脱の程度を数値化する評価方法です。
画像検査(超音波検査など)
問診と内診で腟断端脱や他の骨盤臓器脱の診断は可能ですが、必要に応じて画像検査が行われることがあります。
- 超音波検査(エコー検査): 経腟または経腹的に超音波を用いて、骨盤内の臓器の位置関係や、脱出した臓器の内部構造を確認します。特に、膀胱や直腸の状態、残尿の有無などを評価するのに有用です。
- MRI(磁気共鳴画像法): より詳細な骨盤内の構造や、靭帯、筋肉の状態を評価するために行われることがあります。排便時や排尿時の動的な評価を行うための特殊なMRI検査(排便造影MRIなど)が、直腸瘤や排便障害の原因を詳しく調べるために行われることもあります。
- 排泄関連の検査: 排尿障害がある場合は、尿流量測定や残尿測定、膀胱内圧測定などの泌尿器科的な検査が行われることがあります。排便障害がある場合は、直腸肛門機能検査などが行われることがあります。
これらの画像検査は、腟断端脱の診断そのものよりも、合併している他の臓器脱の評価、重症度の判定、治療方針の決定、特に手術を検討する際に、より正確な情報を提供するために役立ちます。
腟断端細胞診
腟断端脱が進行し、腟断端部がただれたり、潰瘍ができたりしている場合、感染や悪性変化(がん)の可能性を否定するために、腟断端の細胞診や組織検査が行われることがあります。
- 細胞診(さいぼうしん): 腟断端部の粘膜から細胞を採取し、顕微鏡で異常な細胞がないか調べます。子宮頸がん検診で行われる細胞診と同様の方法です。ただれや潰瘍の原因が、単なる摩擦によるものか、感染によるものか、あるいはまれな悪性腫瘍によるものかを鑑別するのに役立ちます。
- 組織検査(そしきけんさ): 細胞診で異常が疑われた場合や、潰瘍が大きい場合などは、組織の一部を採取して病理学的に詳しく調べる組織検査(生検)が行われることがあります。
これらの検査は、全ての腟断端脱の患者さんに行われるわけではありませんが、腟断端部にただれや潰瘍といった合併症が見られる場合に、原因を特定し、適切な治療を選択するために重要な検査です。
腟断端脱の治療法
腟断端脱の治療法は、脱の程度、症状の種類と重症度、患者さんの年齢、全身状態、活動性、合併症の有無、そして患者さん自身の希望などを考慮して決定されます。大きく分けて、保存療法(手術をしない治療)と手術療法があります。
保存療法(手術をしない治療)
保存療法は、主に脱の程度が軽い場合や、手術を希望しない場合、あるいは全身状態から手術が難しい場合などに選択されます。症状の軽減や進行の抑制を目的とします。
ペッサリー療法
ペッサリー療法は、腟内にリング状やドーナツ状などのシリコン製の器具(ペッサリー)を挿入し、物理的に腟断端を支えることで脱出を防ぎ、症状を軽減する治療法です。子宮脱の治療でも広く用いられています。
ペッサリーの種類:
- リング型: 最も一般的に使用されるタイプで、比較的軽度から中程度の脱出に適しています。
- ドーナツ型: 比較的重度の脱出に適しています。リング型よりも安定感がありますが、人によっては違和感が強いこともあります。
- その他、キューブ型など様々な形状のペッサリーがあります。
ペッサリー療法のメリット:
- 手術と比べて身体への負担が非常に少ない非侵襲的な治療法です。
- 外来で比較的簡単に開始できます。
- 症状の改善がすぐに実感できることが多いです。
ペッサリー療法のデメリット:
- 定期的な交換と洗浄が必要です(通常1~数ヶ月に一度、医療機関で行います。自分で管理できるペッサリーもあります)。
- 腟分泌物が増えたり、感染やただれの原因になったりすることがあります。
- まれに腟壁に潰瘍を形成することがあります。
- 性行為の際に邪魔になることがあります(取り外し可能なタイプもあります)。
- ペッサリーがずれたり、抜け落ちたりすることがあります。
- 根本的な治癒ではなく、あくまで対症療法です。
ペッサリー療法は、適切に使用・管理すれば、多くの患者さんの症状を改善し、QOLを向上させることができます。しかし、合併症を防ぐためには定期的な診察とケアが不可欠です。
骨盤底筋訓練
骨盤底筋訓練は、骨盤底を支える筋肉(骨盤底筋)を意識的に収縮・弛緩させる運動です。骨盤底筋の筋力と柔軟性を改善することで、骨盤臓器を支える力を高め、脱出の進行を抑えたり、軽度な脱出であれば症状を軽減したりする効果が期待できます。特に、排尿障害(腹圧性尿失禁)の改善に有効であることが知られています。
骨盤底筋訓練のやり方:
- 楽な姿勢(仰向け、座位、立位など)になります。
- 腟、尿道、肛門をキュッと締め付けるイメージで、骨盤底筋を収縮させます。尿意を我慢する時や、おならを我慢する時の感覚に似ています。
- 数秒間キープし、ゆっくりと力を抜きます。
- これを繰り返します。
正しい骨盤底筋を意識して行うことが重要です。お腹やお尻に力が入ってしまう場合は、正しくできていない可能性があります。最初は仰向けで練習し、慣れてきたら座位や立位でも行ってみましょう。
骨盤底筋訓練の効果:
- 軽度な腟断端脱や他の骨盤臓器脱の症状改善
- 脱出の進行予防
- 腹圧性尿失禁の改善
- 性機能の改善
骨盤底筋訓練の注意点:
- 効果が出るまでには数ヶ月かかることがあります。毎日継続することが大切です。
- 正しい方法で行わないと効果が期待できません。理学療法士や骨盤底ケアに詳しい医療従事者の指導を受けることが推奨されます。
- 重度な脱出の場合は、骨盤底筋訓練だけでは症状の改善が難しいことが多いです。
骨盤底筋訓練は、保存療法としてだけでなく、手術後の再発予防や、日常的な骨盤底のケアとしても非常に有効な方法です。
手術療法
手術療法は、保存療法で十分な効果が得られない場合や、脱出の程度が重度で日常生活に大きな支障をきたしている場合、合併症(ただれ、潰瘍など)を繰り返す場合などに選択されます。弱くなった骨盤底の支持構造を再建し、腟断端を本来の位置に戻して固定することを目的とします。腟断端脱に対する手術方法はいくつかあり、患者さんの状態や合併症、術者の経験などを考慮して選択されます。
腟からの手術(腟断端縫合術など)
腟からの手術は、お腹を切らずに腟からアプローチして行う手術です。比較的身体への負担が少ない方法ですが、再発率がやや高いという報告もあります。
- 腟断端縫合術: 子宮摘出時に腟断端を縫合しますが、その際に周囲の靭帯(基靭帯や仙棘靭帯など)に固定して補強を行う術式です。
- 腟壁形成術: 腟の前壁や後壁が緩んでいる場合、余分な腟壁を切除して縫い縮めることで、腟断端を間接的に支える効果を期待する手術です。腟断端脱単独よりも、膀胱瘤や直腸瘤を合併している場合に行われることが多いです。
これらの腟からの手術は、手術時間も比較的短く、回復も早い傾向がありますが、解剖学的に本来の支持構造を完全に再建することが難しいため、長期的な安定性に課題がある場合もあります。
腹腔鏡・ロボット支援下手術(仙棘靱帯固定術、仙骨腟固定術など)
腹腔鏡手術やロボット支援下手術は、お腹に数カ所の小さな穴を開けて、カメラや鉗子(かんし)、ロボットアームなどを挿入して行う手術です。低侵襲(身体への負担が少ない)でありながら、開腹手術と同等あるいはそれ以上の視野で、骨盤内の支持靭帯に腟断端をしっかりと固定することができます。
- 腹腔鏡下仙棘靱帯固定術(LSC、LSLF): 腟断端を、骨盤の奥にある仙棘靱帯(せんきょくじんたい)と呼ばれる強固な靭帯に縫い付けて固定する術式です。腟の上方を吊り上げるような形で固定します。
- 腹腔鏡下仙骨腟固定術(LSC, ASC): 腟断端と仙骨(背骨の根元の部分)をメッシュ(人工のシート)や自己組織を用いてつなぎ、固定する術式です。骨盤の最も強固な支持点である仙骨に固定するため、長期的な安定性に優れているとされています。現在、腟断端脱に対する手術の中で最も標準的な術式の一つと考えられています。ロボット支援下手術は、この仙骨腟固定術をロボットの支援を受けて行うもので、より精密な操作が可能となります。
これらの腹腔鏡・ロボット支援下手術のメリットは、低侵襲性(傷が小さく、回復が早い)、長期的な成績が良いことなどです。デメリットとしては、手術時間が比較的長いこと、特殊な技術や機器が必要であることなどがあげられます。
メッシュを用いた手術(TVM手術など)のリスクと現状
過去には、ポリプロピレンなどの人工メッシュを広く使用した骨盤臓器脱手術(TVM手術など)が行われていました。これは、弱くなった骨盤底筋膜や靭帯を人工メッシュで補強する手術です。短期的には良好な成績が得られることもありましたが、メッシュが腟壁に露出したり、感染したり、慢性の疼痛を引き起こしたりするなど、重篤な合併症が問題視されるようになりました。
これらの合併症のリスクが高いため、現在では、骨盤臓器脱に対するメッシュ手術の適応は非常に厳格になり、多くの国や地域でその使用が制限されています。日本においても、日本婦人科医会や関連学会から、メッシュを用いた骨盤臓器脱手術に関する適正使用の勧告が出されています。
現在、腟断端脱の手術においては、前述の腹腔鏡下仙骨腟固定術のように、メッシュを使用する場合でも、合併症リスクが低いとされる限られた範囲での使用や、自己組織を用いた術式が主流となりつつあります。メッシュを用いた手術を検討する際には、そのリスクとメリットについて、医師から十分な説明を受けることが非常に重要です。
治療法の選択肢と適応
腟断端脱の治療法の選択は、個々の患者さんの状況に合わせて慎重に行われます。以下の要素が考慮されます。
- 脱の程度と症状の重症度: 軽度で症状が少ない場合は保存療法が優先されることが多いですが、重度で日常生活に支障が大きい場合は手術が検討されます。
- 患者さんの年齢と全身状態: 高齢や、心臓病、肺疾患などの重い合併症がある場合は、身体への負担が大きい手術よりも保存療法が選択されることがあります。
- 活動性: 活動的なライフスタイルを送っている方や、仕事などで腹圧がかかりやすい方は、再発リスクなども考慮して手術が選択されることがあります。
- 合併症の有無: 腟断端部のただれや潰瘍を繰り返す場合、感染を合併している場合などは、手術によって根本的に脱出を治すことが望ましい場合があります。他の骨盤臓器脱(膀胱瘤、直腸瘤など)を合併している場合は、同時に治療できる術式が選択されます。
- 患者さんの希望: 患者さんが手術を強く希望しない場合や、手術のリスクを受け入れられない場合は、保存療法が選択されます。逆に、根本的な治癒を強く希望する場合は、手術が選択肢となります。
一般的に、若年で活動的、重度の脱出で症状が強い場合は手術が、高齢で合併症が多く、軽度または中程度の脱出で症状がコントロール可能な場合は保存療法が、それぞれ適応となりやすい傾向があります。しかし、最終的な治療方針は、これらの要素を総合的に判断し、医師と患者さんが十分に話し合った上で決定されるべきです。
腟断端脱の予防について
腟断端脱を完全に予防することは難しいですが、子宮摘出術後や、骨盤底への負担を軽減し、脱出のリスクを減らすための対策はいくつかあります。
術後の注意点と生活習慣
子宮摘出術後、特に術後早期は、手術部位の回復が重要です。医師の指示に従い、無理のない範囲で過ごすことが大切です。
- 術後早期の安静: 手術の種類にもよりますが、術後早期の過度な活動や重い物を持つことは避けるべきです。骨盤底や腟断端の縫合部に負担をかけないように注意が必要です。
- 排便コントロール: 術後は便秘になりやすいため、医師から処方された緩下剤を使用したり、水分や食物繊維を十分に摂取したりして、スムーズな排便を心がけましょう。排便時に強く力むことは、骨盤底に大きな負担をかけます。
- 体重管理: 適正体重を維持することは、骨盤底への負担を軽減するために重要です。肥満は骨盤臓器脱の大きなリスク因子の一つです。
- 慢性的な咳の治療: 慢性的な咳がある場合は、呼吸器科などで適切な治療を受け、咳をコントロールすることが大切です。
- 腹圧をかける動作の工夫: 重い物を持つ必要がある場合は、膝を曲げて腰を落とし、物をお腹に引き寄せてから立ち上がるなど、腹圧が骨盤底に直接かかりにくいような体の使い方の工夫が有効です。
これらの生活習慣の改善は、子宮摘出術を受けていない女性にとっても、将来的な骨盤臓器脱予防に有効です。
骨盤底筋のケア
日常的な骨盤底筋のケアは、腟断端脱を含む骨盤臓器脱の予防において非常に重要です。
- 骨盤底筋訓練の継続: 前述の骨盤底筋訓練を、子宮摘出術を受ける前から、あるいは術後回復してから、習慣として継続することが推奨されます。毎日継続することで、骨盤底筋の筋力を維持・向上させ、骨盤臓器を支える力を高めることができます。
- 正しい姿勢: 骨盤を立てた正しい姿勢を意識することで、骨盤底に適切な負荷がかかり、筋肉の活動を促すことができます。猫背などの悪い姿勢は、骨盤底への負担を増やす可能性があります。
- 長時間の立ちっぱなしや座りっぱなしを避ける: 同じ姿勢を長時間続けることは、骨盤底に負担をかけることがあります。適度に休憩を取り、姿勢を変えることを心がけましょう。
骨盤底筋は、意識しないと衰えやすい筋肉です。日頃から骨盤底筋を意識し、ケアを続けることが、腟断端脱だけでなく、尿漏れなどの他の骨盤底機能障害の予防にもつながります。
腟断端脱に関するよくある質問
腟断端脱でも性行為は可能か?
腟断端脱の程度や合併症の有無によって異なります。軽度な脱出であれば、性行為に大きな支障がないことも多いです。しかし、脱出が進行して腟断端が腟口に近づいたり、体外に脱出したりしている場合は、性行為の際に痛みや不快感を伴う可能性があります。また、脱出した部分がただれたり、潰瘍ができたりしている場合は、性行為によって症状が悪化したり、出血したりするリスクがあるため、控えた方が良い場合があります。
治療を受けた後の性行為については、治療方法によって異なります。ペッサリーを使用している場合は、種類によっては性行為の際に取り外す必要があります。手術を受けた場合は、術後の回復期間を経てから、医師の許可を得て性行為を再開することが可能です。手術によって脱出が改善されれば、性行為に伴う不快感が解消され、より快適な性生活を送れるようになることが期待できます。
性行為に関する不安や疑問がある場合は、遠慮なく医師に相談しましょう。個々の状態に合わせたアドバイスや、必要に応じて対応策を提案してもらえます。
腟断端の読み方
「腟断端」は「ちつだんたん」と読みます。子宮摘出術によってできる、腟の奥の閉じられた部分を指します。
再発のリスクについて
腟断端脱は、治療によって改善または治癒することが期待できますが、残念ながら再発する可能性はゼロではありません。再発のリスクは、治療方法、脱の程度、患者さんの全身状態、術後の生活習慣など、様々な要因によって影響されます。
- 保存療法の場合: ペッサリー療法や骨盤底筋訓練は、脱出を物理的に支えたり、骨盤底筋を強化したりすることで症状を改善しますが、根本的な骨盤底の脆弱性が改善されるわけではないため、治療を中止したり、骨盤底筋が再び弱くなったりすると、脱出が再発または進行する可能性があります。
- 手術療法の場合: 手術は弱くなった支持構造を再建することを目的としますが、手術方法によって再発率は異なります。一般的に、腟からの手術よりも、腹腔鏡下仙骨腟固定術のような、より解剖学的に本来に近い形で強固な支持組織に固定する手術の方が、長期的な再発率は低いとされています。しかし、どのような優れた術式でも、新たな部位での脱出や、固定した部分が時間経過とともに緩むなどの理由で再発する可能性はあります。
再発を防ぐためには、術後も腹圧をかけすぎない生活習慣を心がけたり、骨盤底筋訓練を継続したりするなど、予防努力を続けることが重要です。もし再発の兆候(再び下垂感や違和感など)が現れた場合は、放置せずに早期に医療機関を受診し、相談することをお勧めします。
【まとめ】腟断端脱は専門医への相談が重要
腟断端脱は、子宮摘出術を受けた女性に起こりうる骨盤臓器脱の一種で、腟の圧迫感や下垂感、排尿・排便障害など、様々な不快な症状を引き起こす可能性があります。原因は、子宮摘出術そのものに加え、加齢、出産、慢性的な腹圧の上昇を伴う基礎疾患や生活習慣などが複雑に絡み合っています。
診断は主に問診と内診によって行われ、脱の程度や合併症を評価します。治療法には、ペッサリー療法や骨盤底筋訓練といった保存療法と、手術療法(腟からの手術、腹腔鏡・ロボット支援下手術など)があり、患者さんの状態や希望に合わせて選択されます。
腟断端脱は、放置すると症状が進行したり、ただれや感染といった合併症を引き起こしたりする可能性があります。しかし、適切な診断と治療によって、症状を改善し、QOLを向上させることが可能です。もし、この記事を読んで、ご自身の症状が腟断端脱かもしれないと感じたり、不安を抱えたりしている場合は、一人で悩まず、婦人科医やウロギネコロジー(女性泌尿器科・骨盤底医学)を専門とする医師に相談することをお勧めします。専門医に相談することで、正確な診断を受け、ご自身に最適な治療法を見つけることができるでしょう。
免責事項
この記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の個人の病状の診断や治療法を推奨するものではありません。個々の症状や治療に関するご相談は、必ず医療機関を受診し、医師の診断と指導を受けてください。記事内の情報は、執筆時点での一般的な医学的知見に基づいていますが、医学は日々進歩しており、常に最新の情報であるとは限りません。この記事によって生じたいかなる損害についても、当方は責任を負いかねます。