梅毒は、梅毒トレポネーマという細菌によって引き起こされる感染症です。主に性的な接触(膣性交、アナルセックス、オーラルセックスなど)によって人から人へ感染が広がります。感染すると、体の様々な部位に多様な症状が現れるのが特徴ですが、初期には症状が軽かったり、気づきにくい場合もあります。梅毒は早期に発見し、適切な治療を行えば完治が可能ですが、放置すると重篤な合併症を引き起こすことがあります。この記事では、梅毒の症状がいつ出るのか、どのような症状があるのか、段階別に詳しく解説し、画像での確認ポイント、検査や治療についてもご紹介します。気になる症状がある方、感染の可能性が心配な方は、ぜひ参考にしてください。
梅毒の症状【段階別】
梅毒の症状は、病気の進行段階によって大きく変化します。感染後、時間の経過とともに症状が現れたり消えたりを繰り返し、それぞれの段階で異なる症状が見られます。梅毒は大きく分けて、早期梅毒(一期、二期)と晩期梅毒(三期、四期)に分類されます。症状が一旦消えても病原菌が体内から消えたわけではなく、無治療のまま放置すると次の段階へと進行し、より深刻な症状が現れる可能性があるため注意が必要です。
梅毒の一期症状(早期梅毒)
梅毒トレポネーマに感染後、比較的早期に現れるのが一期症状です。この段階の症状は、菌が侵入した部位に限定して現れることが多いです。特徴としては、痛みやかゆみがほとんどないため、見過ごされやすい傾向があります。この時期に適切な治療を受ければ、比較的短期間で完治が期待できます。
硬下疳(こうげかん)とは
一期梅毒の代表的な症状が硬下疳(こうげかん)です。「げんげ」と読まれることもありますが、医療現場では一般的に「こうげかん」と呼ばれます。硬下疳は、梅毒トレポネーマが体内に侵入した部位(主に性器、口唇、口腔内、肛門周辺など)にできる、境界がはっきりした、触れると硬いしこりのようなものです。
- 発生時期: 感染してからおよそ3週間後に現れることが多いです。
- 見た目: 直径数ミリから2センチメートルほどの円形または楕円形のしこりで、表面がただれて潰瘍(かいよう)になっていることが多いです。赤色から暗赤色を呈します。
- 特徴: 重要な特徴は、痛みやかゆみがほとんどないことです。そのため、気づかないうちにできて、気づかないうちに消えてしまうことも少なくありません。
- リンパ節の腫れ: 硬下疳ができた部位に近いリンパ節が腫れることがあります。この腫れも通常は痛みを伴いません(梅毒性リンパ節炎)。
硬下疳は、治療をしなくても数週間で自然に消えてしまいます。しかし、硬下疳が消えたからといって梅毒が治ったわけではなく、病原菌は体内に残り、次の段階へと進行します。
一期バラ疹とは
一期症状として、まれに一期バラ疹と呼ばれる淡いピンク色の発疹が出現することがあります。
- 発生時期: 硬下疳が出現してからしばらく経ってから現れることがあります。
- 見た目: 体幹を中心に、腕や足にも広がる淡いピンク色(バラ色)の小さな斑点状の発疹です。
- 特徴: 痛みやかゆみはほとんどありません。この点でも他の皮膚疾患と間違えやすいことがあります。
一期バラ疹も、硬下疳と同様に治療をしなくても自然に消えることがあります。しかし、これも梅毒が治癒したことを意味するものではありません。
梅毒の二期症状(早期梅毒)
梅毒トレポネーマは、一期症状の時期に体内に侵入した後、血液やリンパ液に乗って全身に広がります。感染後数ヶ月が経過すると、病原菌が全身に散らばったことによる二期症状が現れます。二期症状は非常に多彩で、様々な部位に様々な症状が出現するため、他の病気と間違われやすいことがあります。この段階も早期梅毒に分類されます。
梅毒疹(ばいどくしん)とは
二期梅毒の最も代表的な症状が梅毒疹(ばいどくしん)です。
- 発生時期: 一期症状(硬下疳)が消えた後、感染から数週間から数ヶ月(平均的に感染後6~8週間後)で現れることが多いです。
- 見た目: 全身の皮膚や粘膜に現れる様々なタイプの発疹の総称です。
- バラ疹: 淡い赤色やピンク色の小さな斑点が体幹を中心に広がるタイプです。一期バラ疹よりも色が濃いことがあります。
- 丘疹性:盛り上がった赤いブツブツ(丘疹)ができるタイプです。顔や手足、体幹など、全身に出現します。
- 膿疱性:まれに膿を持った発疹ができることもあります。
- 水疱性:これもまれですが、水ぶくれのような発疹が見られることがあります。
- 特徴: 二期梅毒疹は、特に手のひらや足の裏に出やすいという特徴があります。赤褐色で、カサカサした鱗屑(りんせつ)を伴うこともあります。通常、痛みやかゆみはほとんどありません。
- 再発: 梅毒疹は治療しなくても数週間から数ヶ月で自然に消えることがありますが、治療を受けなければ再び出現(再発)を繰り返すことがあります。再発するたびに発疹の数や範囲が変化することがあります。
梅毒疹は、見た目が他の皮膚疾患(例えば、湿疹、じんましん、薬疹、脂漏性皮膚炎など)と似ていることがあり、専門医でも診断が難しい場合があります。そのため、梅毒の感染の可能性が少しでもある場合は、皮膚科だけでなく性感染症に詳しい医療機関を受診することが重要です。
その他の二期症状
二期梅毒では、梅毒疹以外にも全身に様々な症状が現れることがあります。
- 粘膜疹(ねんまくしん): 口の中、唇、舌、扁桃、咽頭、外陰部、肛門周辺などの粘膜にできる白っぽい斑点やただれです。痛みはないことが多いですが、感染力が高い症状です。特に口の中の粘膜疹は、口内炎や扁桃炎と間違えやすいことがあります。
- 扁平コンジローマ: 外陰部、肛門周辺、口の周りなどの湿りやすい場所にできる、平たく盛り上がった、イボのような症状です。感染力が非常に高い症状です。尖圭コンジローマと間違えられることがありますが、原因菌は異なります。
- 梅毒性脱毛: 髪の毛が部分的に抜けたり(まだら状脱毛)、眉毛や体毛が薄くなったりすることがあります。治療により回復することが多い症状です。
- 梅毒性リンパ節炎: 全身のリンパ節が腫れることがあります。特に首、脇の下、足の付け根などのリンパ節が痛みを伴わずに腫れることが多いです。一期梅毒でも硬下疳に近いリンパ節が腫れますが、二期では全身のリンパ節に及ぶことがあります。
- 全身の症状:発熱、倦怠感、関節痛、筋肉痛、食欲不振、体重減少、のどの痛みなど、インフルエンザのような全身症状が現れることがあります。
- 眼の症状:ぶどう膜炎など、眼に炎症が起こり、視力低下などを引き起こすことがあります。
- 骨・関節の症状:骨膜炎や関節炎による痛みが起こることがあります。
- 神経系の症状:まれに、この早期の段階で神経梅毒(無症状性神経梅毒)として、脳や脊髄に菌が侵入している場合があります。この段階では自覚症状がないことが多いですが、進行すると深刻な症状を引き起こします。
二期梅毒の症状も、治療をしなくても数週間から数ヶ月で自然に消えることがあります。しかし、これは病気が治ったわけではなく、無治療のまま放置すると潜伏期を経て三期、四期へと進行します。二期梅毒の時期は、病原菌が全身に広がっており、感染力も高いため、この段階での適切な治療と感染拡大の防止が非常に重要です。
梅毒の三期症状(晩期梅毒)
二期梅毒の症状が消えた後、数年から数十年という長い無症状の潜伏期間を経て出現するのが三期症状です。現代では早期診断・早期治療が進んだため、三期梅毒まで進行するケースは比較的まれになっています。
三期梅毒の代表的な症状は、ゴム腫(ごむしゅ)と呼ばれる、ゴムのような硬さを持つ、コブ状の腫瘍です。
- 発生時期: 感染後およそ3年から10年が経過してから出現することが多いです。
- 見た目: 皮膚、皮下組織、骨、肝臓、肺などの臓器にできます。最初は硬いしこりですが、徐々に大きくなり、皮膚にできたものは中心部が軟らかくなって破裂し、深い潰瘍を形成することがあります。
- 特徴: ゴム腫は自然に治癒することはありません。放置すると周囲の組織を破壊しながら進行します。
ゴム腫ができる部位によっては、その機能障害を引き起こすことがあります。例えば、骨にできたゴム腫は痛みを伴い、変形や破壊を引き起こすことがあります。肝臓にできたゴム腫は、肝機能障害の原因となることがあります。
三期梅毒まで進行すると、治療にはより時間がかかり、ゴム腫による組織の破壊は治療しても元に戻らない場合があります。
梅毒の四期症状(晩期梅毒)
四期症状は、梅毒に感染してから10年以上、場合によっては数十年が経過してから出現する、梅毒の中で最も深刻な段階です。この段階まで進行すると、脳や脊髄などの神経系、あるいは心臓や大血管などの循環器系に重篤な障害を引き起こし、生命に関わる可能性があります。現代では三期以上にまれな症状ですが、無治療で放置された場合に起こりうるリスクとして知っておく必要があります。
神経梅毒(しんけいばいどく)とは
神経梅毒は、梅毒トレポネーマが脳、脊髄、髄膜、または末梢神経に侵入し、炎症や組織破壊を引き起こす状態です。
- 発生時期: 早期梅毒の段階で無症状性神経梅毒として始まっていることもありますが、症状として現れるのは感染後数年〜数十年後が多いです。
- 症状:
- 髄膜炎:頭痛、発熱、項部硬直(首が硬くなる)など。
- 髄膜血管性梅毒:脳卒中や脳梗塞のような症状(麻痺、言語障害など)。
- 実質性神経梅毒:脳や脊髄の実質が侵される症状。
- 進行麻痺: 認知機能障害、記憶力低下、人格変化、精神症状(妄想、幻覚)、運動症状(震え、協調運動障害)、麻痺など。最終的には寝たきりになることもあります。
- 脊髄癆(せきずいろう): 脊髄の後索が侵されることで、強い痛み(電撃痛)、感覚障害(触覚、痛覚、温覚、位置覚などの異常)、運動失調(歩行困難)、膀胱直腸障害(排尿・排便の困難)、瞳孔異常(アージル・ロバートソン瞳孔:光に反応しないが調節反応はある瞳孔異常)などが現れます。
神経梅毒は、進行すると治療が困難になる場合があり、重い後遺症を残す可能性があります。
心血管梅毒(しんけつかんばいどく)とは
心血管梅毒は、梅毒トレポネーマが大動脈や心臓に影響を及ぼす状態です。
- 発生時期: 感染後10年以上経過してから出現することが多いです。
- 症状:
- 梅毒性大動脈炎:大動脈の壁に炎症が起こり、壁が弱くなります。
- 大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう): 炎症により弱くなった大動脈の壁がコブのように膨らむ症状です。破裂すると生命に関わります。胸部大動脈にできることが多いです。
- 大動脈弁閉鎖不全症: 大動脈の弁が損傷を受け、血液の逆流が起こる症状です。心不全の原因となります。
心血管梅毒も、重篤な症状であり、生命に関わるリスクを伴います。
このように、梅毒は初期症状が軽くても、無治療で放置すると神経や心臓に深刻な合併症を引き起こす可能性のある病気です。そのため、早期の発見と治療が非常に重要となります。
梅毒の症状はいつ出る?(潜伏期間)
梅毒に感染してから最初の症状が現れるまでの期間を潜伏期間といいます。梅毒の潜伏期間は個人差がありますが、一般的には約3週間とされています。
- 一期症状(硬下疳、一期バラ疹): 感染部位に硬下疳が現れるのは、感染からおよそ3週間後が目安です。早い場合は1週間、長い場合は数ヶ月後に現れることもあります。
- 二期症状(梅毒疹、粘膜疹など): 一期症状が自然に消えた後、感染から数週間から数ヶ月後(平均的に感染後6~8週間後)に現れることが多いです。
- 三期症状(ゴム腫): 二期症状が消えた後、無症状の潜伏期間を経て感染からおよそ3年から10年後に現れます。
- 四期症状(神経梅毒、心血管梅毒): 感染後10年以上、場合によっては数十年を経て現れます。
重要なのは、症状が現れていない潜伏期間や、症状が自然に消えて無症状になっている期間でも、梅毒トレポネーマは体内に存在しており、感染力を持っているということです。特に二期梅毒の初期は感染力が高いとされています。症状がないからといって安心せず、感染の可能性が少しでもある場合は検査を受けることが大切です。
また、すべての人に典型的な症状が現れるわけではありません。無症状のまま進行したり、症状が軽くて気づかなかったりする場合もあります。そのため、梅毒の流行状況やリスクのある行動(不特定多数との性行為など)があった場合は、症状の有無に関わらず定期的な検査が推奨されます。
梅毒の症状【画像で確認】
梅毒の症状、特に硬下疳や梅毒疹は、その見た目が診断の手がかりとなります。言葉による説明だけではイメージしにくい場合、画像で確認したいと思うのは自然なことです。
ただし、個人の症状の画像は、プライバシーの問題や、見る人に不快感を与える可能性があるため、この記事に直接掲載することは控えさせていただきます。
梅毒の症状の画像は、信頼できる医療機関のウェブサイト、公的な機関(厚生労働省、国立感染症研究所など)、あるいは性感染症に関する専門的な情報サイトなどで確認できる場合があります。インターネット検索を利用する際は、信頼できる情報源から提供されている画像を選ぶようにしてください。
ここでは、画像がない代わりに、硬下疳と梅毒疹の見た目の特徴をより詳細に言葉で描写します。ご自身の症状と見比べてみる際の参考にしてください。
硬下疳の画像で見られる特徴
硬下疳は、感染部位にできる初期症状です。画像で確認する際は、以下の点に注目してみてください。
- 発生部位: 主に性器(男性の陰茎、女性の陰唇、膣、子宮頸部)、口唇、舌、口の中、肛門周辺など、梅毒トレポネーマが侵入した場所です。
- 見た目:
- 形状: 円形または楕円形の、小さく盛り上がったしこりとして始まります。
- 中心部: しこりの中心部がただれて、浅いまたは深い潰瘍になっていることが多いです。クレーターのような形に見えることもあります。
- 境界: 潰瘍の境界は比較的はっきりしており、周囲の皮膚との境目が分かりやすいことが多いです。
- 色: 赤色から暗赤色、あるいは肉色に見えることがあります。潰瘍の表面には浸出液が付着していることもあります。
- 硬さ: 触れると弾力があり、硬いのが最大の特徴です。押しても痛みを伴わないことがほとんどです。
- 周辺: 硬下疳の近くにあるリンパ節が腫れている画像も見られることがあります(痛みはないことが多い)。
性器にできた硬下疳は、男性では比較的見つけやすいですが、女性では膣の奥や子宮頸部にできると自分では気づきにくいことがあります。また、口腔内や肛門周辺にできた場合も、痛みがないため見過ごされがちです。
梅毒疹の画像で見られる特徴
梅毒疹は、二期梅毒で全身に現れる多彩な発疹です。様々なタイプの梅毒疹がありますが、代表的なものの画像で確認する際は以下の点に注目してください。
- 発生部位: 体幹(胸、背中、お腹)を中心に、腕や足、顔、手のひら、足の裏など、全身に広がります。特に手のひらや足の裏に発疹が出るのが特徴的です。
- 見た目:
- 形状: 小さな赤い斑点状のもの(バラ疹)から、少し盛り上がった赤いブツブツ(丘疹)、さらにはカサカサした鱗屑(りんせつ)を伴うもの、まれに膿を持ったものなど、様々な形があります。
- 色: 淡いピンク色(バラ色)から、二期梅毒が進むにつれて赤褐色、時に暗紫色を帯びることがあります。
- 分布: 全身に左右対称に出現することが多いですが、特定の部位に集中することもあります。
- 手のひら・足の裏: これらの部位に出る梅毒疹は、赤褐色で境界がはっきりしており、カサカサすることが多いです。他の皮膚疾患と間違えやすい症状です。
- 粘膜疹: 口腔内や性器の粘膜にできる、白っぽい斑点やただれの画像も見られます。
- 特徴: 通常、痛みやかゆみはほとんどありません。この点が、かゆみを伴うことが多い他の発疹(例えば、アレルギーや湿疹)と異なります。
梅毒疹は、他の多くの皮膚疾患と似ているため、見た目だけで梅毒と診断することはできません。症状に加えて、感染の可能性があるかどうか(性行為の状況など)や、検査結果を総合的に判断する必要があります。気になる発疹がある場合は、自己判断せず医療機関を受診しましょう。
先天梅毒の症状とは
先天梅毒は、梅毒に感染している母親から、妊娠中または出産時に胎児や新生児に梅毒トレポネーマが感染することで起こる病気です。梅毒は胎盤を通過して胎児に感染する可能性があり、流産、死産、早産の原因となったり、出生児に様々な重篤な症状を引き起こしたりします。
先天梅毒は、症状が現れる時期によって、早期発症型(出生後まもなく~2歳頃まで)と晩期発症型(2歳以降)に分けられます。
- 早期発症型
- 症状は多様ですが、胎児期に感染が成立し、出生時に既に症状が見られることもあります。
- 鼻炎: 鼻づまりや鼻水がひどく、呼吸困難を引き起こすことがあります(梅毒性鼻炎、またはスナッフルズ)。
- 発疹: 全身に様々なタイプの発疹が現れます。特に手のひらや足の裏に赤褐色の発疹が出やすいのは成人の二期梅毒と同様です。粘膜にも発疹やただれができます。
- 肝脾腫: 肝臓や脾臓が腫れます。
- 骨・関節異常: 骨や関節に炎症が起こり、痛みを伴うことがあります。骨膜炎、骨軟骨炎、偽性麻痺(痛みのため手足を動かさないように見える)などが見られます。
- 貧血: 血液症状として貧血が起こることがあります。
- その他: 黄疸、リンパ節の腫れ、中枢神経系の症状(髄膜炎、水頭症など)が現れることもあります。
- 晩期発症型
- 出生時には症状がなくても、成長してから梅毒による症状が現れるタイプです。
- ハッチンソン三徴候: 晩期先天梅毒に特徴的な3つの症状です。
- ハッチンソン歯: 特異的な形状の永久歯(特に切歯)の異常です。
- 間質性角膜炎: 角膜に炎症が起こり、視力低下や失明につながる可能性があります。
- 内耳性難聴: 聴力が低下し、難聴が進行することがあります。
- 骨・関節異常: 脛骨(けいこつ)の骨膜炎による特徴的な変形(サーベル脛)などが見られます。
- 神経梅毒: 認知機能障害、精神症状、感覚障害、麻痺など、成人の神経梅毒と同様の症状が現れることがあります。
- その他: ゴム腫、心血管症状など、成人の晩期梅毒と同様の症状が若年で出現することもあります。
先天梅毒を予防するためには、妊娠早期に梅毒検査を受けることが極めて重要です。梅毒と診断された場合でも、妊娠中に適切な治療を受ければ、胎児への感染をほぼ確実に防ぐことができます。日本の産婦人科では、妊婦健診で梅毒検査が標準的に行われています。
梅毒の原因・感染経路
梅毒は、梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)という螺旋形をした細菌によって引き起こされる感染症です。この細菌は非常に弱く、体の外ではすぐに死んでしまいますが、粘膜や傷ついた皮膚を通して人から人へ感染します。
梅毒の主な感染経路は以下の通りです。
- 性的な接触:
- 最も一般的な感染経路です。 梅毒トレポネーマは、主に梅毒の症状(硬下疳、梅毒疹、粘膜疹、扁平コンジローマなど)がある部位に多く存在します。
- これらの症状がある部位と、相手の粘膜(性器、口、肛門など)や傷ついた皮膚が直接接触することで感染が成立します。
- 膣性交、アナルセックス(肛門性交)、オーラルセックス(口腔性交)などが含まれます。特にオーラルセックスでは、口腔内に梅毒の病変がある場合、相手の性器や口腔内に感染させる可能性があります。また、性器に硬下疳がある場合に、相手の口腔内に感染させる可能性もあります。
- コンドームを使用することで感染リスクを減らすことができますが、梅毒の病変がコンドームで覆われない部分にある場合(例えば、陰嚢や太ももなど)は、コンドームを使用しても感染する可能性があります。
- キス:
- 梅毒の病変が口唇や口腔内にある場合に、深いキスによって相手の口腔内や唇に感染する可能性があります。ただし、性的な接触に比べると感染リスクは低いとされています。
- 母子感染(垂直感染):
- 梅毒に感染している母親から、妊娠中に胎盤を通して胎児に感染する先天梅毒です。
- 出産時に、産道にある病変に新生児が接触して感染する可能性も指摘されています。
- 血液感染:
- 輸血: かつては輸血による感染がありましたが、現在では献血された血液に対して厳格な梅毒検査が行われているため、輸血による感染は極めてまれです。
- 注射器の共有: 薬物乱用などにより注射器を共有することで感染するリスクがあります。
梅毒は、梅毒トレポネーマが粘膜や傷口から侵入して感染するため、以下のような状況で感染することは通常考えにくいとされています。
- タオルや食器の共有
- 浴槽や温泉、プールの水
- トイレの便座
- 衣類
ただし、二期梅毒の扁平コンジローマなど、病変部から大量の菌が排出されている状態で、皮膚に傷がある部位が直接触れるなど、特殊な状況では間接的な接触による感染リスクもゼロではないという意見もありますが、一般的な日常生活でこれらの経路で感染することはまずありません。主な感染経路は、やはり性的な接触であると認識しておくことが重要です。
近年、日本で梅毒の感染者数が増加傾向にあります。特に若い世代や女性の間で増加が顕著です。これは、性行動の変化、梅毒に対する認識不足、症状が出ても気づかない・放置してしまうことなどが複合的に影響していると考えられます。
梅毒の検査・診断方法
梅毒が疑われる症状があった場合や、感染の可能性のある性行為があった場合は、医療機関で検査を受けることが重要です。梅毒の検査は比較的簡単に行え、早期に診断をつけることで適切な治療へとつなげることができます。
梅毒の検査は、主に以下の方法で行われます。医師は、患者さんの症状、性行為の状況、既往歴などを詳しく問診し、必要に応じてこれらの検査を組み合わせて診断を行います。
- 血液検査:
- 最も一般的に行われる梅毒の検査です。 梅毒トレポネーマに対する抗体が血液中に存在するかどうかを調べます。
- 検査の種類:
- STS法(非トレポネーマ抗原検査): RPR法、TRUST法、VDRL法などがあります。梅毒トレポネーマが体内にいることで生じる細胞や組織の破壊産物に対する抗体を検出します。この検査は、梅毒の活動性(現在の感染状況や治療効果)を反映しやすい特徴があります。治療が成功すると数値が低下したり陰性化したりするため、治療効果の判定にも用いられます。ただし、梅毒以外の原因(妊娠、自己免疫疾患、一部のウイルス感染など)で陽性になる(偽陽性)ことがあります。
- TP法(トレポネーマ抗原検査): TPHA法、FTA-ABS法、TP-PA法、CLIA法などがあります。梅毒トレポネーマそのものに対する抗体を検出します。この抗体は、梅毒に一度感染すると治療後も永続的に陽性(抗体が体に残る)となることが多いのが特徴です。そのため、過去に梅毒に感染したことがあるかどうかを知る上で有用ですが、現在の活動性感染かどうかを判断するにはSTS法と組み合わせて行う必要があります。また、一度陽性になると治療後も陽性反応が続く(セロファストネス)ことがあります。
- 診断: STS法とTP法の両方の結果を組み合わせて総合的に判断することが多いです。
- 梅毒に感染したことがない場合: 両方とも陰性。
- 早期梅毒の活動性感染: TP法陽性、STS法陽性(高力価)。
- 治療後の過去の感染(治癒): TP法陽性、STS法陰性または低力価。
- 偽陽性の場合など、検査結果の解釈には専門的な知識が必要です。
- 注意点: 感染初期(特に感染から数週間以内)は抗体がまだ十分にできていないため、血液検査で陰性となることがあります(ウィンドウ期)。症状があるのに検査が陰性の場合は、数週間後に再検査が必要となることがあります。
- 病変部からの検出:
- 硬下疳や梅毒疹、粘膜疹、扁平コンジローマなどの症状がある場合に、病変部から採取した組織や浸出液を調べて梅毒トレポネーマそのものを検出する検査です。
- 検査の種類:
- 暗視野顕微鏡検査: 病変部から採取した検体を特殊な顕微鏡で観察し、梅毒トレポネーマのらせん状の形態と特徴的な運動を確認します。感染初期の病変部で陽性となることが多いですが、ある程度の菌量がいないと検出できません。
- PCR法: 病変部から採取した検体に含まれる梅毒トレポネーマの遺伝子を増幅して検出します。感度が高く、早期の病変部での診断に有用です。ただし、保険適用や実施可能な医療機関が限られる場合があります。
神経梅毒が疑われる場合は、脳脊髄液(髄液)を採取して検査を行うこともあります。
梅毒の検査は、医療機関(性感染症内科、泌尿器科、皮膚科、婦人科など)で受けることができます。また、一部の保健所では、無料・匿名で梅毒を含む性感染症の検査を受けることができる場合があります。ご自身の状況に合わせて、適切な検査場所を選択しましょう。
梅毒の治療法
梅毒は、適切な治療を受ければ完治が可能な病気です。治療の中心となるのは、梅毒トレポネーマに対して有効な抗菌薬、特にペニシリン系薬剤です。
治療の方法や期間は、梅毒の進行段階や症状の有無によって異なります。
- 早期梅毒(一期、二期、または感染から1年以内の潜伏梅毒):
- 治療薬: ペニシリン系薬剤が第一選択薬となります。
- 投与方法:
- 注射: ベンザチンペニシリンG筋注製剤(アモキシシリン持続性懸濁注射液など)を1回注射することが標準的な治療法です。これにより、体内の薬物濃度を比較的長い期間維持することができます。海外では広く用いられていますが、日本では一部の製剤に保険適用上の制約がある場合があります。
- 内服: アモキシシリンやドキシサイクリンなどの抗菌薬を、通常2週間程度、1日複数回内服します。ペニシリンアレルギーがある場合や、注射剤が利用できない場合に選択されることがあります。
- 治療期間: 通常、注射であれば1回、内服であれば2週間程度です。
- 晩期梅毒(三期、四期、または感染から1年以上経過した潜伏梅毒):
- 治療薬: 早期梅毒と同様にペニシリン系薬剤が中心ですが、より長期間の治療が必要となります。
- 投与方法:
- 内服: アモキシシリンなどの抗菌薬を、通常4週間程度、1日複数回内服します。
- 注射: ベンザチンペニシリンG筋注製剤を複数回注射する場合もあります。
- 治療期間: 通常、4週間程度です。神経梅毒や心血管梅毒の場合は、より長期または入院での治療が必要となることがあります。
- 神経梅毒:
- 入院して静脈注射によるペニシリンの大量投与を治療することが多いです。
- 治療期間は通常2週間程度ですが、症状や重症度によって異なります。
- 治療後も神経学的な症状が完全に回復しない場合もあります。
- 先天梅毒:
- 新生児や乳幼児の場合は、入院して静脈注射または筋肉注射によるペニシリン治療を行います。
- 治療期間や方法は、診断時の症状や検査結果によって慎重に決定されます。
治療中の注意点:
- 治療薬の服用・注射を指示通りに行う: 自己判断で中断したり、量を減らしたりせず、医師の指示を厳守することが非常に重要です。不十分な治療は、病原菌が完全に排除されず、再発や薬剤耐性の原因となる可能性があります。
- 治療期間中は性行為を避ける: 治療期間中はまだ感染力がある場合があり、また再感染のリスクもあるため、治療が完了し、医師から許可が出るまでは性行為(コンドーム使用の有無に関わらず)を控える必要があります。
- ヤリッシュ・ヘルクスハイマー反応: 早期梅毒の治療開始後数時間で、発熱、寒気、頭痛、筋肉痛、梅毒疹の一時的な悪化などの症状が現れることがあります。これは、梅毒トレポネーマが大量に死滅する際に放出される物質に対する免疫反応と考えられており、一時的なもので通常数時間で改善します。特別な治療は不要なことが多いですが、事前に医師から説明を受けておくと安心です。
- 治療後のフォローアップ: 治療が完了した後も、定期的な血液検査(通常は数ヶ月~1年間程度)を受けて、治療効果を確認することが非常に重要です。STS法の数値が低下したり陰性化したりすることを確認します。TP法は治療後も陽性が続くことがありますが、STS法の推移を見ることが再発や治療効果判定に役立ちます。
- パートナーの検査と治療: ご自身が梅毒と診断された場合、感染源となった可能性のある相手や、感染させた可能性のある相手(パートナー)にも検査を受けるよう伝え、必要であれば一緒に治療を受けることが、感染拡大を防ぐ上で極めて重要です。
梅毒の治療は、早期であれば比較的短期間で完治できます。しかし、放置して病気が進行すると、治療が難しくなったり、神経や心臓などの臓器に不可逆的な損傷を与えたりする可能性があります。そのため、症状が軽くても、あるいは一時的に消えても、必ず医療機関を受診し、適切な検査と治療を受けることが大切です。
梅毒が疑われる場合は医療機関へ
この記事では、梅毒の様々な症状や、病気の進行、検査や治療について詳しく解説しました。梅毒は、初期の症状が軽く、自然に消えることもあるため、感染に気づきにくい病気です。しかし、無治療で放置すると、数年~数十年後に脳や心臓などの重要な臓器に重篤な障害を引き起こし、生命に関わる可能性もあります。
もし、以下のような状況に心当たりがある場合は、梅毒の感染を疑い、医療機関を受診することを強くお勧めします。
- 性器や口唇、口腔内、肛門周辺にしこりやただれ(痛みがないことが多い)がある
- 全身に赤い発疹(特に手のひらや足の裏)がある
- 原因不明の発熱、全身倦怠感、リンパ節の腫れなどの症状が続いている
- 梅毒と診断されたパートナーとの性行為があった
- 不特定多数との性行為があった
- コンドームを使用しない性行為があった
梅毒は、早期に発見し、適切な治療を受ければ完治が可能です。ご自身の健康だけでなく、パートナーや周囲の方々への感染を防ぐためにも、少しでも不安がある場合は、勇気を出して検査を受けましょう。
受診できる医療機関は以下の通りです。
- 性感染症内科
- 泌尿器科(男性)
- 皮膚科
- 婦人科(女性)
- 感染症科
どこを受診すれば良いか分からない場合は、まずはかかりつけ医に相談するか、お近くの性感染症を専門とする医療機関を調べてみましょう。
また、一部の保健所では、無料・匿名での梅毒検査を実施しています。プライバシーが気になる方や、医療機関の受診に抵抗がある方は、保健所の検査を利用することも検討できます。ただし、保健所の検査は検査のみであり、治療が必要な場合は医療機関を受診する必要があります。
梅毒は決して珍しい病気ではありません。誰にでも感染する可能性があり、早期発見・早期治療が最も重要です。この記事の情報が、梅毒について正しく理解し、適切な行動をとるための一助となれば幸いです。
【免責事項】
本記事は情報提供のみを目的としており、医学的な診断や治療の代替となるものではありません。ご自身の症状や健康状態については、必ず医療機関を受診し、医師の診断と指導を受けてください。本記事の情報に基づいて行った行為によって生じたいかなる損害についても、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。